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この恋、止まれません! ⑬

「……実は、すごく不安でした。僕、そういうことした経験ないし、どんな理由でも知らない人に触られるのも怖くて」

 創の男遊びをやめさせるためだと自分を無理やり納得させたけれど、やはり心にしこりはあった。触られるなら創がいいし、好きでもない人に身体を許したくない。

 俯きながら本音を吐露すると、頭を撫でられた。穏やかな手つきに顔をあげる。

「馬鹿」

「はい」

「『はい』じゃない」

 困ったように苦笑する表情が優しくて、胸が締めつけられる。せつないくらいの優しさが苦しい。

 馬鹿なことをしようとした実里に呆れているだろう。それでもこうやって話を聞いてくれて、慰めてくれる。こんなにも深く大きい優しさを持つ人を他に知らない。

「創さんが好きなんです」

 気持ちは言わなくては伝わらない。でも言っても伝わらないこともある。どうやったら自分の想いは彼に届くのだろうか。

 創はなにも答えず、実里の分のシャンディガフをママにオーダーしてくれた。そのときになって、創がひとりだと気がついた。

 あの男たちと三人でしたのかな、と腹の奥に黒くて重たいものが落ちる。前のように、もう済んだからひとりで飲んでいたのかも――瞼を伏せて、胸の痛みとつらさをこらえる。創が遊び人だとわかっているのに、彼の優しさに触れるたびに、その事実を受け入れられなくなっていく。

「今日の創はいろいろ大変ね」

「いろいろ?」

 顔をあげてカウンター内のママを見あげると、隣に座る創が「ママ」と制した。ママは気がつかなかったような顔をして、小さく首を傾ける。

「男ふたり連れてきたかと思ったら、ふたりが一杯飲み終えたら『帰れ』って。ホテル行かないのかって絡む男たちに冷たい目向けてるとこ、見せてあげたかったわ」

「ママ」

「いいじゃない」

 創が渋い顔をしてグラスを空けると、ママは「お詫びに一杯だけおごってあげる」といたずらっぽい笑顔を見せた。

「ホテル、行かなかったんですか?」

 信じられない気持ちで創に視線を投げると、目が合ってすぐに逸らされた。ぎこちない動きに、ママの言葉が本当であるとわかる。

「別にいいだろ」

 胸の痛みと店で落とした涙の名残が、心の中で溶けていく。単にその気にならなかっただけかもしれないけれど嬉しい。創にとってはたいしたことではないことが、実里の中では大きな意味を持つ。心を占めたせつなさがほどけ、思わず口もとが緩んだ。創はそんな実里になにも言わず、ただグラスを傾けている。しばしそのまま無言でいた。

「おまえも明日仕事だろ」

 先に口を開いたのは創だった。

「はい。帰ります。チェックを――」

「ママ、こいつの分もまとめてチェックして」

 なぜか創が実里の分まで支払いを済ませるから、バッグから出した財布が役目を果たさず戸惑う。創はそんな実里を置いて立ちあがる。

「創さん、僕の分を」

「いらない。帰るぞ」

「え?」

 先にバーを出ていく背中を追いかけると、彼は駅のほうへ向かった。あとに続く実里も、当然同じ方向に行くことになる。駅まで一緒に行ってくれるのだろうか。

「本当にまっすぐ帰るか心配だから、送っていく」

「ちゃんと帰りますよ?」

 それでも駅まで一緒に行けたら嬉しい。少しでも長くそばにいたい。

「店でも俺はおまえにまっすぐ帰れって言ったのに、馬鹿なことしようとしただろ」

「言われたとおり、一度帰りました」

 実里の答えに、創は「屁理屈」と呟いた。たしかにそうかもしれないが、きちんとまっすぐ帰ってからまた出かけたのだから、言われたことは守っている。

 創が駅に向かっているので、実里も隣を歩いた。せっかく送ると言ってくれているのだから、素直に甘えよう。

 でも、創は実里と一緒に駅の階段をおりてホームにも一緒に来る。

「創さんもこっちなんですか?」

「送っていくって言っただろ」

 まさか自宅まで送ってくれるのだろうか。いや、まさかそんな――戸惑う実里に創は自宅最寄り駅を聞いてきて、その駅で一緒に降りた。

「案内しろ」

「えっと……送ってくれるんですか?」

「何度も言わせるな」

 本当に自宅まで送ってくれるつもりだ。ふわりと心が浮き立ち、足取りが弾む。創と並ぶと、自然に車道側を歩いてくれて、申し訳ないやら嬉しいやらで頬が熱くなった。

 胸が苦しい。「好き」が膨らみすぎて、心の風船が破裂しそうだ。これほどに大きな優しさに触れたら、ますます好きになるに決まっている。

「送り狼してくれていいですよ――いたっ」

 額を叩かれ、ぺちんといい音がしたのが痛いけれどおかしくてつい口もとを緩めると、創がため息をついた。呆れられたかもしれない。

「こんなに調子を狂わされるのは、はじめてだ」

 駅から徒歩で五分ほどあるのに、あっという間にアパートについてしまった。寂しくて隣を見あげると、目が合って逸らされた。困惑したような表情を不思議に思う。

「お茶でもどうですか?」

「襲われそうだから遠慮する」

 アパートの前まで送ってくれた創が背を向けるので、そのうしろ姿を見つめる。

 こんなに恰好いい人がいるなんて信じられない。外見がよくても中身が伴わない人もいるが、創は外見以上に内面が恰好いい。だから実里は惹かれて止まらない。

「ありがとうございました!」

 声をかけたら少しだけ振り向いてくれた。夜の薄暗さの中でもはっきりとわかる笑顔に心臓が暴れ、遠くなっていく背中をいつまでも見送った。

「今日みたいなことはもうしない」

 シャワーを浴びてから、ひとり反省会をする。

 創にもママにも救われた。まわりがこんなにも実里を大切にしてくれるのだから、実里もきちんと自分を大切にしよう。

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