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この恋、止まれません! ⑫

 緊張しながら自宅を出て、電車に乗る。慣れた道を歩き、店やバーがある一角から少しはずれた場所についた。煌々とした光を放つ建物の前で胸もとを押さえる。ゲイ向け風俗店は夜だというのに――いや、夜だからか、存在感があって緊張が増す。

 創さんに男遊びをやめてもらうためだ。

 勇気を出して一歩踏み出そうとするが、足が震える。前に出した足をまた戻して深呼吸をする。

 間違った選択かもしれない。でも他に思いつかないのだ。知らない人に触られるのは怖いし嫌だけれど、創のためだと割り切ればきっと大丈夫なはず――。

「ちょっと」

「っ……!」

 突然背後から声をかけられ振り返ると、CLEARのママがエコバッグを片手に怪訝そうな顔で立っている。知っている人に見つかったことへの気まずさと安堵が、同時に胸を満たす。

「こんなとこでなにしてるの?」

「――」

 口ごもると、ママは眉を寄せて実里の手を引いた。風俗店から離れたところまで連れていかれ、肩に手を置いて顔を覗き込まれた。先ほどまでの眩しさが瞼の裏でちかちかしている。急に薄暗くなった景色に、やはり安堵した。

「なにしてたの?」

 もう一度問いかけられ、ゆっくりと口を開いた。

「……創さんに、ひとりの相手で満足してもらう方法を考えて」

「うん」

「テクニックを身につければいいのかと思ったんです。だから、プロの人に教えてもらえばいいのかもって」

 言いながら泣きそうになり、涙をこらえる。震える声で説明した実里にママは深く嘆息し、肩に置いた手に力を込める。その力強さに少し怯む。

「そんなことしても、創は喜ばないよ?」

「じゃあどうしたらいいんですか……?」

「それはわからないけど、今あなたがしようとしてたことは不正解だってことはわかる。おいで」

 肩を抱かれて暗い道を歩く。

 どうしたらいいかわからない。男遊びをやめさせてみせると思ったし、言ったけれど、実里の宣言は創の心に響いていない。自分を選んでもらうには、それなりの覚悟をしなければいけないと思った。

 ママはもう一度ため息をついて、実里を見る。

「ほんと、創が言ってたとおりあぶなっかしいのね」

「すみません」

 そのとおりなので、他の言葉がない。

「私が通らなかったら入ってたでしょ?」

「……はい」

「あの道選んでよかった」

 ママは買い出しで、通りの先にあるスーパーに行き、近道で風俗店の前を通ったらしい。

 ママに連れられてCLEARにつく。ドアを入ると想い人の背中がカウンター席にあり、足が止まった。不在のあいだは店子に任せていたようで、ママもカウンターの中に入る。ぼんやりとバーの入り口にあるショップカードを見て、CLEARの店名は「跳び越える」という意味を込めていると知った。実里はずっと、「透明」のCLEARだと思っていた。

 自分は創とのあいだにある壁を跳び越えられるのだろうか。彼の心に近づけるのだろうか。

「あなたもいらっしゃい」

 ママから声をかけられ、はっと顔をあげる。その呼びかけで振り向いた創が実里に気がついた。

「なんでママとこいつが一緒に?」

 創が当然の疑問を口にし、実里はカウンター席に近づきながらぎくりと身体を固くする。

「そこで拾っちゃった」

「そこ?」

「裏の通り」

 ママが肩を竦めると、創はきつく眉を寄せた。その反応に、ママが言ってたとおりだ、と反省する。創は今までに見たことがない怖い顔をしている。

「あんなところになにしに行ったんだ?」

「創さんに僕だけ見てもらいたくて……テクニックを身につければいいのかと思って」

 ママに話したことを創にも説明すると、彼の眉間のしわはますます深くなった。創は嘆息したあと、隣の席を視線で示す。

「とりあえず座れ」

「……はい」

 おずおずとスツールチェアに腰かけると、創は再度深く息を吐き出した。実里はびくりと身体を震わせる。呆れられるのは仕方がないが、嫌われたらどうしよう。

「寝れば諦めるか?」

「前は遊び相手でも、なれればいいと思っていました。でも今は遊び相手は嫌です」

「……俺の顔目当てでそこまでするかよ」

 創が呟いた言葉に実里は顔をあげる。これは肯定してはいけない。

「顔目当てなんかじゃないです! たしかに創さんは恰好いいけど、僕は創さんの優しさに惹かれたんです」

 創と接して、たくさんの優しさを向けてもらった。見た目の恰好良さより内側がなにより魅力的で、惹かれるなというほうが無茶なくらいに創の内側は優しさで溢れている。目で見えない部分だからこそ、その大きさを感じるし、すごいと思う。

 驚いた様子の創は、見定めるように目を細めて実里を見つめる。緊張する視線に背筋が伸びた。

「――だからって馬鹿なことはするな」

「はい……」

 頷いたら視界が揺らめいた。今さら込みあげてきた恐怖と涙をこらえるように、唇に力を入れる。

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