この恋、止まれません! ⑩
……なんだろう。
頬に温もりを感じる。目を開けるのがもったいないくらいに、優しく頬に触れるなにかの正体が知りたくて、瞼をゆっくりとあげた。整った顔が目の前にあり、それをぼんやりと見つめる。
「起きたか」
「創さん……?」
創が実里の頬を撫でている。
どうして創さんが――そこで昨夜のことを思い出した。抱き枕になって、そのまま実里も寝入ったようだ。
「今何時ですか?」
「始発が出る時間だ」
創が身体を起こして伸びをする。離れていった温もりを追いかけるように実里も起きあがり、なんとなく創のシャツをつまんで引っ張ってみる。
「なんだよ」
「いえ。なんでもないんですが」
「ふうん」
咎められないのでそのまま抱きついてみたら、額を叩かれた。これはだめなようだ。身体を離してもう一度シャツをつまむ。
「だからなんだよ」
「なんでもないです」
ため息をついた創がソファに座るので、隣に腰かける。くっつかなければ大丈夫そうだ。顔を見あげると目が合った。
「おまえ、実里だっけ」
「はい」
創の口から自分の名前が出てどきりとする。その響きはとても甘く耳をくすぐる。もっと呼んでほしいくらいに心地よく鼓膜に届き、彼と近づけたように感じた。無関心な顔をしていても、きちんと名前を覚えていてくれたことが嬉しい。
「体温高いんだな。さすがペット」
たしかに体温が高めかもしれない。創は気に入ってくれたのだろうか。
「じゃあ、抱き枕になれませんか?」
遊び相手にはなれなかったので、ペットより少し上を目指す。創は思案するように首を少し傾けてから実里を見た。柔らかく細められた瞳に胸が高鳴る。
「抱き枕ならいいか」
「ありがとうございます!」
そんなに優しい表情を見せられたら、ますます好きになる。他の男にしろと言うくせに惚れさせるのだから、ずるい人だ。
嬉しさが溢れた勢いのふりをして抱きついてみたら、今度は怒られなかった。額を叩かれてもいいと思っていたのにそうされず、かわりに背中をとんとんと軽く撫でられる。あやすようなリズムに、脈が速くなる。子ども扱いされているのかもしれないが、創に近づけるのならそれでもいい。
ペットから抱き枕に昇格できた。
駅で創と別れて帰宅した。朝帰りにどきどきと鼓動が高鳴り、ムスクの香りを思い出しては頬が熱くなる。見慣れたワンルームの部屋に入ったら、創の体温が恋しくて寂しさがやってきた。あくびが出るので、とりあえずシャワーを浴びて少し眠ることにした。
目が覚めたのは昼前で、朝食兼昼食を軽く食べる。今日はシフトが入っていないのでゆっくりできるけれど、創に会いたいから店には行ってみよう。日曜日は忙しいだろうから入りたいと店長に言ったのだが、だめだと却下された。
――いきなりたくさん入ると疲れきっちゃうからね。
そう言われたら休むしかないから、今日は客として店に行こう。
夕方までベッドに入ってうとうととした。ムスクの香りが鼻腔に残っていて、胸が高鳴って仕方がなかった。