最高の切り札
『あなたはカードゲームを知っている?』
僕は目を覚ます。
とっても、古い夢を見ていた。
「懐かしい」
ぽつりと呟き無意識に導かれながら、左手首を右手で覆い隠しながら過去を回想する。
僕が知る限り、あの人は誰よりもゲームが上手い人だった。
若い女性だった。
聞いてもいないのに彼女は、自分がこの世界に入ってからまだ一年にもならないと話していた。
『とても楽しいの。一枚一枚に役割があってね。何を手札から切るか、それをしっかり見極めて勝利へ近づくの』
嫌な言い方をすれば、所謂オタクによく見られるこちらの対応を待たずに延々と捲し立てるように回る早口。
当時の僕は彼女に対して良い印象は何一つ持っていなかった。
それも仕方ないと思う。
だって、僕はそんなことを聞くために彼女の下へ行っているのではなかったから。
『どれだけ強い手札であっても、上手く使えなければ何の意味もない』
僕の枕元に飾られている一枚のカード。
それは彼女と別れる際に贈られた、彼女が最も好きだと言うカード。
馬に乗った髪の長い一人の女性が盾と槍を構えながらこちらを……つまり、僕の方を凛々しい表情のままに見つめている。
カードに書かれている文章は意味不明だったけれど、僕には辛うじてこの女性が騎士であることだけは読み取れた。
『反対に言えば使い所さえ見極めたなら、どれだけ弱かったり、どれだけ無価値に見えるような手札も役に立つの』
あの言葉とあの光景を思い出しながら僕は思い出し笑いをしていた。
カードの隣に置かれたカッターナイフ。
少しだけ汚れてるけれど、まだまだ使うことが出来る。
それこそ、僕が必要だと思ったタイミングで。
僕が切り時だと判断したタイミングで。
『私はね。目を逸らす必要はないと思うの。あなたの想いから。だから……』
回想される彼女の言葉。
僕は全て思い浮かべる前に笑っていた。
「あのカードオタクが……ほんっとうにありえないだろ……」
『死にたいって言うあなたの想いを受け入れていいの。だから、あなたの手札にこれを加えてあげて』
カードと一緒に渡されたカッターナイフ。
それは彼女から贈られた切り札。
苦しみながらも日々を生きる選択をした僕の手にある最高の手札。
つまり、自殺。
『別にその手札を切らなくてもいい。ううん。切らないに越したことない。だけど、その手札が存在していることを覚えておいて。誰もあなたを無理矢理止めたりはしない』
僕は大きくため息をして、呟いた。
「ほんっとにありえねえだろ。思い悩んでいる人間におくるもんか?」
手に取ったカッターナイフはあまりにも軽くて、馬鹿馬鹿しくなってしまう。
それはまるで、僕の内にある重みを表現しているようにさえ思えた。
確かな力を持つのにあまりにも軽く、かといって使おうとすれば重くなる。
日々、変化していく重み。
『より良い場面を造り上げるには、自分の置かれている状況や手札をしっかりと見極めることが大切なの』
確かにその通りだろう。
僕は彼女から贈られた騎士のカードを見つめながら考える。
一時に比べれば随分とマシになったが希死念慮は未だに僕の心から消える事なく漂っていた。
きっと、望めば僕はいつでもこの『自殺』という手札を切ることを出来るだろう。
しかし、僕の手札にあるのはこれだけではない。
右手で隠していた左腕を自分の前に晒す。
それを見つめて、大きなため息をつき、そして。
「まだ切り時じゃないな」
僕は笑って身を起こす。
この『とりあえず、今日を生きてみる』というカードはいつだって鉄板だ。
文字通り、とりあえず使ってみるだけで良い。
カードを使えば一先ず状況が変わる。
僕の持っている最高の切り札『自殺』を温存したまま……いや、使わずにまだ前に進めるかもしれない。
「さて、頑張りますか」
立ち上がり、カードを切った僕の後ろ背を女騎士のカードが凛々しい表情のままに見つめていた。