母と子
一体何がいけなかったのだろう。どうしてもシフィリアのあの顔が頭から離れない。
俺は前世から工業校に行くような安牌を取るだけあって親どころかおよそ人にキツく叱られるということを
経験していないのだ。はっきり言ってかなりショックだった。
「シディ。ちょっと来てくれる。」
考え事をしていたので気づかなかったが、どうやらシフィリアはいつの間にか俺部屋の戸の前に居たようだ。
「うん。」
俺は部屋から出てシフィリアのもとへ向かった。彼女の顔は相変わらず暗かった。
「あのねシディ。まだ二歳にもなってもないあなたにこんなこと言ってもわからないかもしれないけれど聞いて」
「魔術を覚えるっていうことはね魔術師になるってことなの。」
「そしてね、魔術師になったら当然危険なこともいっぱいあるから。」
「私あなたが心配で...」
そうか、それはそうだ。失念していた。シフィリアからすれば俺はまだ二歳にも満たない可愛い可愛い我が子だ。
そんな子供がおそらく戦闘することもあるであろう魔術師になると言うのだ反対しない母親はいないだろう。
にも拘わらず、シフィリアはちゃんと母親として息子である俺に向き合ってくれているのだ。
ならば俺も向き合わなければいけない。
俺はママ、パパなんて呼んで可愛い息子シデアとして対応してきていたが。そんなのは向き合っていない。
ただ適当にあしらって、見下しているだけだ。
だから俺もシデアとしてではなく、俺自身として嘘偽りなくシフィリアに向き合わなければいけない。
「わかったよ。母さん。」
「!?...わかってくれたの?シディ。」
「それでも俺は魔術が学びたい。あんな面白そうなものを学ぶのに一秒も無駄にしたくないんだ。」
シフィリアには申し訳ないが俺を心配してくれてることも、俺のためを思ってることもわかる。
でも、もういつ死んでも後悔しないように生きたい。
「だから...だから」
ダメだ向き合うと決意したのに思うように言葉が出てこない。くそっ。
「面白そうかぁ...。」
俺が次の言葉に詰まっているとシフィリアがこぼすようにそう言った。
「...あのね、お父さんとお母さんは昔冒険者だったの。今は衛兵と主婦だけど。」
「でね、お父さんも私もなりたくてなったわけじゃなかったの。」
「頭が良かったわけでも何かツテがあるわけでもなかったからとにかく何か仕事をってね。」
「私たちの周りはそんな人たちばかりだったから。冒険者を楽しめる人が分からなかったの。」
「でもシディならわかるのかな...。」
シフィリアは何か深く考えるようにしばらく俯くと、再び顔を上げた。
「良いわよ、シディ魔術を教えてあげる!」
「ただし私の指導は厳しいからね!」
俺にはシフィリアの考えていることはよくは分からなかった。
ただ、俺を思ってくれているのだと。それだけはわかった。
そしてありがとう。
「うん!」
俺は力強く返事をした。