第七十五話 強敵・ドラゴンストル
「来るぜ！」
イシュトバーンの叫びとともに、ドラゴンストルがこちらに向かって飛び上がってきた。
しかしヤツはドラゴンといえど翼がない。
空中ならこちらの攻撃をかわす術はないはずだ。
「いけない！ 避けてください！」
不意に、フェリックスが叫んだ。
その声で、俺は反射的に後方へと飛んだ。
イシュトバーンは声を無視し、槍によるカウンターを仕掛けている。
するとドラゴンストルは、空中で先ほどと同様に回転した。
槍が弾かれ、回転したヤツの体にぶつかってイシュトバーンが吹き飛ばされる。
ドラゴンストルは床を削り取りながら着地したあと、イシュトバーンに向かって口から火球を連射させた。
彼は床を転がりながらも、火球を回避する。
しかしドラゴンストルの攻撃は止まらない。
火を放ち終わった直後には、イシュトバーンの間合いに入っていた。
「重力による内部破壊」
ヤツの追撃が始まる前に、俺は無詠唱で放てるレベルの攻撃魔法を繰り出した。
「グゲゲ！」
ドラゴンストルがうめき声を上げて、動きを止める。
その隙に、どうにかイシュトバーンもヤツから距離を取ることに成功した。
「あんのヤロウ！ いつの間にクソ器用な戦法を覚えやがった？」
確かに強い。
だが、対応できないほどではない。
ヤツの強みは、鋼鉄並に固い肉体だ。
だからこそ、高速回転されたときの破壊力はすさまじい。
しかしそれ以外の攻撃は、冷静に対処すればそれほど怖いものでもない。
要するに、だ！
「重力による内部破壊」
再び無詠唱の重力魔法で、ヤツの動きを止める。
「よーし、いい子ちゃんだ勇者様！ あとでヨシヨシしてやるぜ」
イシュトバーンが一瞬にしてヤツの体にしがみつき、床に倒した。
あまり威力はない魔法なので、止めていられるのはほんの数秒。すでに実証済みだ。
だが、わずかにでもヤツが回転できない時間を作ることができればそれでいい。
イシュトバーンならそれだけで充分、ヤツの間合いに入ることができる。
「ま、おめぇもなかなか頑張った！ お疲れさん！」
イシュトバーンは槍に魔力を収束させると、その槍でヤツの口を貫いた。
ドラゴンストルは何度か体をピクピク痙攣させて、ついには動かなくなった。
「第二部隊があれだけ手こずった魔獣を、たった二人であっさり倒してしまうとは……さすがだ」
傷ついた騎士を担いで部屋を出ようとしていたオリヴィアが、振り返って言った。
「みなさん、今のうちです。第二部隊は第三部隊と合流し、傷の手当を！」
どうにか立ち上がれる者は重傷者に肩を貸しつつ、各々移動を始める。
俺も手伝わなきゃ。
そう思って移動を始めたとき、イシュトバーンがつぶやいた。
「残念だが勇者様。まだ休憩タイムにゃ、早いみたいだぜ」
振り返ると、彼の視線の先に魔族の女が立っていた。
「あんた……なんてザマだよ。でもまぁ俺様が救ってやるから、安心しろや」
イシュトバーンが、どこかさみしそうな目をその魔族に向ける。
彼女は魔王。
魔王ベルゼだった。
