第五十二話 束の間の休息
次の日の夜。
船の甲板に出てみると、セレナが手すりに身を預けてうなだれていた。
「セレナ、大丈夫か?」
「レ、レイさん!」
彼女はパッと顔をあげると、目をウルウルさせながら俺のところまでツカツカと近寄ってきた。
「鬼ですぅ! エリオットさんには鬼が宿ってますぅ!」
顔をそばまで近づけてきて、訴えてくる。
こりゃ、そうとう厳しい特訓を受けているな。
見かけによらずスパルタなんだな、あの人。
「きついなら、無理しなくても……」
「いえ! 私も闘います! 私、レイさんと一緒に戦いたいんです!」
「そうか。なら、もう止めないよ。もしものときは、俺が守ってみせる」
「ならレイさんは、私が守りますから」
にこっと笑って、セレナが俺の手を握った。
「うむ。頼りにしているぞ、セレナ」
不意に後ろから声がして振り向くと、オリヴィアとシャーロットが立っていた。
「セレナ。足手まといと言って、ごめん。特訓、がんばって。一緒に戦おう」
シャーロットが笑みを浮かべながら、セレナを励ます。
「うちらも戦うで」
また後ろから声がして振り返ると、そこにはメリッサとニックがいた。
「ワシらの船を沈めてくれた礼もせんといかんしのう」
そう言ってニックが、指の骨をポキポキ鳴らす。
「俺たち魔術協会を忘れてもらっちゃ困るぜ」
別のところから声をあげたのは、マックスウェルだ。隣にはカイロスもいる。
「ここから先は、本格的な魔族との戦いへと突入するだろう。レイヴァンス。真の勇者たる、おまえの力が不可欠なんだ。セレナ、女神の力で勇者をサポートしてやってくれ」
オリヴィアの言葉で、みんなの注目が俺に集まった。
みんな決意が固まったような、引き締まった顔をしている。
俺は鞘からミスティローズブレイドを引き抜き、天に向かって掲げた。
「この戦いは俺たち全員の戦いだ! みんなで乗り切るぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
夜の海に、仲間たちの頼もしい掛け声が鳴り響いた。
* * *
ガーディアニア国の港町に到着し、俺たちは無事に上陸を果たした。
魔術協会の船でなければ、こうもすんなりと港町へ停泊することなんてできなかっただろう。
エリオットは町で物資を調達してから、船で支部へと帰っていった。
魔族との闘いに向けて、いろいろと準備を進めるとのことだ。
もっともそれはガーディアニア奪還後、スムーズに協力体制を整えるための準備らしい。
だから俺たちは、とにもかくにもガーディアニアを奪還しなければならない。責任重大だ。
ちなみにマックスウェルとカイロスは、俺たちとともに戦う要員として残ってくれた。
「オリヴィアさん、まずはリナリナに情報を聞きたいですね。あと、レックスさんとも連絡を取らなきゃ」
「うむ。その件は私のほうで手配しておこう」
どうやらオリヴィアも俺と同じことを考えていたようで、すぐに動いてくれた。
何気に働き者だよな、オリヴィアは。
さて。船旅が続いたので、みんなお疲れの様子だ。
リナリナと連絡が取れるまで、焦って動いても仕方がない。そんなわけで、とりあえずこの町で一泊することとなった。
久しぶりに羽を伸ばせそうだ。
俺たちは宿を取り、それぞれ部屋へと移動した。
荷物を置いて、ラフな服へと着替える。
――コンコン――
着替えが終わったちょうどのタイミングで、ドアがノックされた。
ドアを開けると、セレナが立っていた。
「あ、あの……レイさん。私とですね。その、よかったらでいいんですけど。お買い物でもいかがでしょう。なんて……」
なぜかセレナが、煮え切らない感じで言ってきた。
買い物くらい普通に付き合うのに。
荷物持ちに男手が必要だったりするのかな。それで申し訳ないとか思って、遠慮がちになっているのだろうか。
「いいよ。それじゃあ、行こうか」
返事をすると、セレナの顔がパァっと明るくなった。
出かける準備を整えて部屋を出る。
宿の廊下を二人で歩いていると、ちょうどシャーロットがこちらへ向かってくるところだった。
いつも着ている銀色の鎧ではなく、ハーフパンツにシャツというボーイッシュな服装だ。
「シャーロット、キミも出かけるのか?」
「あ、あの……。わたしと……」
そう言いかけたあと、彼女はセレナに視線を向けた。
「いいえ。私は疲れたから……。いってらっしゃい」
シャーロットはそう言うと、俺たちの前を素通りしていった。
どうしたんだろう。
「それじゃあ、行こうか」
セレナに声をかけてから歩き出すと、不意に後ろから袖をつかまれた。
振り返ると、シャーロットが顔を赤らめてうつむいていた。
「わ、私も……やっぱり私も一緒に行きたい」
別にいいんだけど、なんかシャーロットを見るセレナの笑顔が引きつっているようなんだが。
シャーロットもなぜか、冷ややかな笑みをセレナに返しているし。
やっぱりこの二人、仲が悪いのかな。
普段はそんな風に見えないんだけど、ときどきバチバチしてるんだよな。
「と、とりあえず。三人で買い物にいこうか」
俺がそう言うと、セレナは頬を膨らませながら俺と手をつないだ。
シャーロットはそっぽを向いて、俺の腕を組んでくる。
いったいなんなんだよ。