いまどきの犯罪
「まさか僕を疑っているんですか刑事さん」
僕はいかにも驚いたような表情を作ってみせた。
鏡の前ではないから確認は出来ないが何度も練習しておいたおかげで自然な演技になっているはずだ。
「まさか、ですか。ご自身が容疑者になるとは思っていらっしゃらなかった?」
取り調べ室にいる二人組の刑事の一人、「優しい警官」の本田が尋ねてくる。
「そりゃあ僕の妻である美代子は大金持ちの経営者ですから
彼女が死ねば多額の遺産を僕が受け取ることにはなりますよ。
でもそれだけで容疑者扱いされたら富裕層の家族は困ってしまいます」
「それだけじゃねぇだろ大城ぉ」
ぼそりと「怖い警官」の仙崎がドスの効いた声で口を挟む。
「お前は被害者である大城美代子に浮気がバレて離婚を要求されていた。
現在の職はサクセスフーズの役員だがこれは美代子に与えられたポストだから
離婚が成立すりゃ女房のコネ以外に何の取り柄もないお前は当然クビだ。
それどころか会社の金をちょろまかしてた賠償請求まで受けることになる。
分かりやすい身の破滅だな。そりゃ殺しの一つもしたくなる」
とんっ、と仙崎は握り拳を机の上に置いた。
ドラマのような「ドンっ!!」ではないがそれが逆に不気味な圧力を生み出している。
何の準備もせずにここに連れてこられていたら自分がやっていない犯罪まで自白してしまったかもしれない。
「刑事さん。仙崎さんでしたっけ。あなたおいくつですか?」
「あん?」
「40前ってことはないでしょう。たぶん50代。
きっと若い頃はその顔で容疑者を睨みつけて首根っこの一つも掴めば
容疑者はブルブルと震えだして事件解決、一件落着だったんでしょうねぇ」
「何が言いてぇ」
「今はもうそういう時代じゃないってことですよ。
この取り調べ室だって監視カメラで記録がとられているし
そのドスの効いた声で僕を脅して無理やりに「自白」させたって裁判になれば簡単にひっくり返される。
そんなに怖い顔をしないで紳士的にお話しましょうよ」
「はっ随分と余裕じゃねぇか。これまで前科はなかったはずだが?」
「これまでもこれからも僕に前科はありませんよ」
ちょっと挑発的すぎるか?いや大丈夫だビビるな。
こっちには文明の英知がついているんだ。
「僕を威圧する前にまずはアリバイを確認したらどうですか?」
「あぁなるほどお前の自信の源はそれか」
仙崎はなぜか呆れたような顔で笑う。
「……?アリバイの確認は殺人事件の捜査の基本中の基本でしょ」
「推理小説や刑事ドラマではな」
「はい?現実だってそうでしょ」
「まぁそうだ。それで犯人が分かることもある」
「だったら」
「既にお前のアリバイは確認してる。被害者の死亡推定時刻、お前は関西にいた。
常に監視カメラや証人の前にいた訳では無いが
距離から考えて行って殺して戻って来るのは時間的に不可能だろうな」
よし完璧だ!!
「で、それがどうした?」
「えっ……」
「お前には確かにアリバイがある。だがそれはお前が犯人でない証拠にはならない」
「はぁ!?何でそうなるんです」
「50年前ならお前はそのアリバイで無罪放免となったかもなぁ。
だが今はその程度のことで警察の捜査対象から外れることはねぇんだよ」
「どうして!!」
「ドローンだよ」
!!
「昨今のあの玩具の進化はとんでもねぇ。小型で静音。
そのくせハイパワーでアームを使ってドアや窓を開閉し凶器を持ち上げて振り下ろす程度は朝飯前だ。
しかも最近のモデルじゃ自分で操作しなくとも音声入力だけで命令を実行してくれる。
こいつを使えば関西どころか北極からだって人を殺せる」
「大城さん。あなたは1ヶ月前に仮想通貨で倫理プロテクトの解除された海外製ドローンを購入されていますね」
何でそれを!?
「シャーロックホームズの時代ですら警察は凶器を売った店を足で探して犯人捕まえてんだ。
検索サイトの上位に出てくるアングラネットショップの監視なんてそれを思えば楽なもんだわなぁ」
落ち着け。既にドローンは処分している。何も問題はない。
「か、仮に僕がそういうドローンを持っていたとしてもそれが犯人である証拠にはなりませんよ。
あなたがさっき言ったようにドローンを持ってる人間なら北極からだって美代子を殺せるんだ。
僕は地球上の何十億という容疑者の一人に過ぎませんっ」
「往生際の悪ぃ男だな。お前はもう詰んでるんだよ大城。それもとっくの昔にな」
動揺するな。絶対に証拠はない。証拠があるはずがないんだ。これは完璧な犯罪なんだから。
「下手なハッタリですね。そんな言葉で僕を騙せるとでも?」
「モリアーティ」
「!!?」
「犯罪支援AIモリアーティ。
アリバイ作りから凶器の処分まで一括サポート。ユーザーのニーズに合わせた完璧な犯罪計画を5分で作成。
これを使えば女房に浮気と横領がバレるような間抜けでも一端の殺人犯になれるわけだ。
便利な嫌な時代になったもんだなぁ本田」
「まったくですね」
「しょっ……」
「まぁ待てよ大城。せっかくモリアーティの話をしてるんだ。
時代遅れのロートル刑事にシャーロックホームズの真似事をやらせてくれてもいいじゃねぇか。
おそらくお前はこう考えている。パソコンはAIの指示通りにフォーマットした上で処分した。
だからモリアーティを使ったことがバレていてもそれを裏付ける証拠はないはずだ。
どうだ、当たってるか?」
「……出せるもんか。証拠なんて絶対に出せるもんか!!」
とんっと机が軽い音を鳴らす。
先程とは違い音の発生源は仙崎の拳ではなかった。書類。いったい何の。
「お前がモリアーティに考案させた犯罪計画のログだ。
あのプログラムには利用者のデータをサーバーへ秘密裏に送信する仕組みが仕込まれてるんだよ。
元々は開発者が秘密を握って脅迫のネタにするためのものだったが
ハッカーチームが逮捕されAIが押収された後は各国の捜査機関の下へ送信先が変更されている」
ぐにゃりと視界が歪む。
右に左に頭が揺れて安定しない。そんな馬鹿な。そんな馬鹿な話があっていいのか。
「殺しをする前にAIに質問するべきだったな。ちゃんと答えを教えてくれるぞ」
そういって仙崎はスマホに質問文を入力してからこちらへ向けた。
人間そっくりに調律された音声ソフトが回答を読み上げる音が狭い取調室の中で反響する。
「現代ではAIやドローンなどの技術を活用すれば
誰でも完全犯罪じみた事件を実行することが可能です。
しかしこうした方法の多くは捜査支援AIによって簡単に看破され逮捕されてしまいます。
いまどきの犯罪はハイリスクノーリターンで実行する価値がありません。
違法行為に手を染めるような真似はせず真面目に生きることをおすすめします」




