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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生魔族姫、聖女となり追放される~聖堂騎士に救われて恋に落ちてもざまぁはしません!~

転生魔族姫、聖女となり追放される~聖堂騎士に救われて恋に落ちてもざまぁはしません!~

作者: すちて

 私は処刑されようとしていた。


――それはそうだ。


 私は魔族でありながら、聖女のスキルを授かってしまったのだから。





 私は元々は普通のOLだった。普通というか、社畜系OLだった。

 ブッラック企業で働き、趣味といえば小説投稿サイトの小説を読むくらい。

 特に異世界恋愛モノが好きで、他の異世界モノも含めて休憩時間や寝る前などの時間、読み漁っていた。


 ランキングから辿り、気に行った作品があればブクマし評価しいいねをつけ、作者ページに飛んで全作品を読み、そして次へ。短編の気分の時は、新作から探す。

 貴重な休みも自宅でごろごろしながら、あるいはチェーンのカフェの季節限定ドリンクを飲みながら。


 彼氏はいない。

 現実の男に異世界恋愛モノのような男はまずいないから。

 というより、モテなかったので。普通に。


 死因はよく覚えてないけど、気がついたら雲の上のようなところにいて、異世界への転生を言い渡された。

 説明をされ、否も応もなく半ば強制的に転生。



 魔族として、生れ落ち、自我を獲得していくにつれて前世も思い出していた。

 この世界には異世界モノ小説でおなじみの、15才でスキルが目覚めるというお約束も搭載されていた。


 あらゆる『それっぽい西洋ファンタジー』が集まったような世界。

 所謂ナーロッパ。


 所謂どころか世界の名前がナーロッパと聞いたときは吹き出してしまい、変な顔をされてしまった。


 そう、ここはナーロッパなのだ。

 そして私は魔族である。


 逆張りが王道となりがちな異世界モノなので、悪役としての魔族なのか、救われぬまつろわぬ民としての魔族なのかと考えたが、答えは前者であった。




 なんとこの魔族、人間を食べるのである。

 カニバルカーニバルである。


 人間の血で育ち、人間の肉で強くなる。

 そういうアレであった。




 さすがに人間を食べるのはあのちょっと無理。




 私は魔族でありながら、人間を食べない、とんでもない偏食家扱いをされた。

 迫害はされなかった。人間が高級食材というのもあるだろう。


 乳幼児、そして強さを求め続ける強者の食事が人間の血であり肉であった。

 人間を生け捕りにし、その血を幼子に与え、肉は強者が食う。



 それが魔族のしきたりであったのだ。



 魔族は総じて強さを求める。

 真の強者たる魔王が居り、貴族がいる。

 その配下にとって、主により人の肉を下賜されるのは、一種のステータスでもあった。



 そして私の父は、その魔族たちを統べる、真の強者、魔王であったのだ。




「リディア、何故お前は人の肉を食わんのだ」

 困り顔で父が私に言う。


「牛や豚や鶏の方が美味しいので」

 私はそれで通していた。


 小さい頃、地下にいた人間と仲良くなった。

 その人が、食卓に出され、私は泣き喚いた。


 現世でいうところの、屠殺予定の豚や牛を好きになり、肉として出荷されることにショックを受けるようなものらしい。

 通過儀礼的なものだと父は言ったが、私の前世は人間である。

 そんなものは受け入れられるわけがない。



 それ以来、幼かった頃の私は「ひとにく、やだーっ!」を貫き通した。



 父が魔王なので毎食人の肉が食卓に上がる。

 それは全ての魔族垂涎の食卓であった。

 父が最高の強者であるが故に、毎食のように人の肉を食らうことが出来る。父も母も兄弟たちも皆。



 ホラーである。毎日の食事がスプラッタホラーである。



 私は見るのを挫折した、海外ドラマと主演である、北欧の至宝と呼ばれた主演俳優さんを思い出す。

 人肉を食らう天才美食家ソシオパス。

 見事に調理され飾られた、彩りも盛り付けも美しい食卓。


 しかし、並ぶのは、人肉料理である。


 私にはグロ耐性がなかった。だから見るのを1話で断念した。北欧の至宝目当てだったのだ。

 まさか転生先で強制的にグロ耐性を付けさせられるとは思ってもみなかった。



 なんとかこの風習というか食生活が変えられないか、私は毎日考えたが、前世一般社畜系OLにそんな発想力や行動力はなかった。

 大体そのような思考力と行動力があればブラック企業などに就職はしてないし、したとしても軽々転職していただろうし、起業したり、彼氏がいたり、結婚したりもしていただろう。


 そうこうする間に、来てしまったのが15才のスキル覚醒。

 出生不明でも、15才になれば覚醒で年齢も誕生日もわかるのは便利なシステムである。

 そんなことを考えていると、私の体がほんのり光り始める。


 スキルを得た者を、覚醒者という。

 稀にスキルを得ないものもいるらしいが、出生日時がずれて認識されていた、ということが殆どらしい。


 私は人の肉を食べるのを止められるスキルであれと願った。



 その結果が、スキル『聖女』である。



 スキルではなく聖女って称号では? ナーロッパでは職業だったりもしたけれど。

 スキルってどういうことやねん。


 私がそんな1人ツッコミをしていると、悲鳴が上がる。

 怒号と共に私は瞬く間に捕らえられた。



「魔王の子でありながら、聖女だと!?」

「殺せ!」

「不吉だ!!!」


 それはそうである。

 魔族にとっての天敵が『聖属性保持者』だ。

 父の顔にも、消えない傷があるが、それは聖属性の者に付けられたものであるらしい。



 違うんだよなあ……魔族を滅ぼしたいわけじゃないのだ、私は。

 ただ、人間食べるのやめてほしいな、ってだけで。


 だけど、それは私が元人間だから思うことであって、私1人の気持ち1つで、そうしてきた者たちの歴史を捻じ曲げたりしていいものかとも思う。

 私は今は人間ではないし、元々この世界の住人でもないのだ。

 私の倫理感は現代日本のモノであって、この世界のモノではない。



 正直言って、スキルを得たら出奔しようと思っていた。

 両親も兄妹も、優しい。前世の時の家族より、とても優しい。

 文化は全く違うし、強さに傾倒しているし人を食うが。



 それでも、滅ぼす気にはなれない。

 家族も魔族も、嫌いにはなれないし、愛してもいたのだ。




 だからまあ、こんなスキルを得たのなら、処されるのもやむなし、と思えた。




 父は公開処刑を選ばず、私の処刑は秘された。


「言い残すことはあるか? リディア」

「いいえ、お父様。私をここまで大事に育てて来て下さり、有難う御座いました」


 私は父に伏して礼を述べた。


 そう、本当に大事に大事に育てて貰ったのだ。

 愛情もたくさん注いで貰ってきた。

 前世の私より、食生活以外は幸福そのものだった。


 自分を愛してくれる家族がいて、姫として扱われた。

 恋に落ちることはなかったけれど、周囲の者も私を丁寧に扱ってくれた。


 だから私は、彼らを滅ぼすことは出来ないし、いるだけで脅威になるのであれば消えようと思った。

 それを愛する優しい父の手ずからになることだけは、痛恨ではあったけれど。



「……お前を追放する」



 父は、苦しげに言った。

 聞いた事のない悲しげな声で。


「俺にお前は殺せない。愛する娘を手にかけることなど、出来るはずがない」


 父は泣いていた。初めて見る父の涙だった。

 私を抱き寄せる父の腕が焼かれて爛れた。



 私は、父を傷つける存在になってしまった。

 それが何より悲しかった。



 こうして私は、思っていたのと違う形で、この世界の家族の元を離れたのだった。




*




 俺たちは姫を追っていた。

 昏き輝きのリディア姫。常に憂う顔をした美しい闇の姫。


 それがあろうことか、聖女などという唾棄すべきスキルを得てしまった。


 魔王様は姫を殺せず、密かに追放という形をとった。

 あのお方は、身内に甘い。優しすぎる。


 しかしそれでも尚、誰よりも強かった。


 どんな人間や魔族より強く、誰一人逆らえない王だからこそ。

 甘く優しくなれるのだ。


 俺にはそんな強さはない。だからこそ、姫を追い、殺すのだ。


 決死の覚悟だった。

 それは何も王の決定に逆らうからではない。




 ()()()()()()()




 魔族は人を食ってこそ強くなれる生き物だ。

 だというのに、姫は人の肉を一切摂らずとも、姫足りえた。


 王の子だから姫なのではない。


 魔族の王族の中にも姫や王子と呼ばれぬ者もいる。

 肉体と魔力の強さを示して初めて、そう呼ばれることを王より許される。



 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。



 人の肉をひとかけらすら口にせず、彼女は姫となった。

 その上、スキルは聖女。天敵中の天敵で、触れるだけでもダメージを受ける。


 そんな相手を殺そうというのだから、決死の覚悟が必要になるのは当然だった。

 俺と共に姫を追う全員が覚悟していた。



 自らの死を。



 暗い森の中、俺たちは文字通り、必死で姫の後を追った。



*



 私は、追われていた。

 それはそうである。父が甘いとは言え、魔族全てが追放を許すわけではないだろう。



 私は、魔族を滅ぼす天敵、聖女なのだ。



 そんなものを殺さず逃がすことが許されるはずはない。


 戦うしかないだろうか。

 力をセーブしきれるだろうか。

 敗走出来る程度の怪我で終わらせられるだろうか。



 殺したくはない。絶対にそれは嫌だ。

 人の肉を食うのと同じくらい、嫌だ。



 しかし逃げ続けて魔族の領域から出てしまえば人間に見つかり、彼らが殺されるかもしれない。私に意識を集中しすぎている。不意打ちをされたら、ひとたまりもない。



 私はひとつため息をついて、立ち止まる。

 戦おう。



 なんとかして、彼らを敗走させなければならない。



*



 大きな魔力を感じた。

 聖堂騎士として、魔族を討伐しに来た森の中で、一際大きな魔力がはじける。


 魔族が狩りをしている、と踏んだ俺は、気配を消してその魔力の主を盗み見た。

 3対1。

 魔族同士の争いなのか、人間の女が男たちに襲われているのかはわからない。



 女の魔力は殆ど感じられない。ならば人間か。

 美しい少女だった。まだあどけなさが残る顔は憂いに満ちている。戦っているにも関わらずその所作があまりに美しい。



 思わず見とれていた。

 そんな場合ではないとはたと気付いて俺は、彼女を救うことにした。



 聖堂騎士は、魔族にとって天敵の『聖属性』を持つ人間で構成されている騎士団の、上澄みをそう指して呼ぶ。


 聖堂騎士として魔族の首を取れば、将来的にも安泰な地位を得られるため、人気の職業であり、花形なのだが。


 品行法性さも同時に求められる。


 俺はどうも、そういうお堅いのは苦手だ。

 昔から、勉強も嫌いだった。


 スキルがあったから聖堂騎士にもなったようなモンで、あまりその地位には興味がない。

 興味があるのは、マナーのうるさくねえ美味いメシと、美味い酒である。


 そんな聖堂騎士らしからぬ俺でも、魔族に少女が襲われているのを見過ごすような暗愚ではない。


 踏み込んで、男たちに斬撃を放つ。

 男のうちの1人が避けきれず、腕が飛んだ。


 女が振り返り、俺に向かって駆けて来る。



「やめて!! 殺さないで!!!」



 助けてと縋りつくのかと思ったら、彼女は俺に殺すなと言う。


「魔族を殺すのが俺の仕事だ」


 思わずその美しい顔に見とれそうになるが、はっきりと言い放つ。


「それなら私から殺しなさい」


 俺の言葉に少女は、少女とは思えぬ声で言う。美しい声だった。


 こんな美しい音を俺は知らない。

 一瞬、息を飲んだ。



「何故だ」

「私も魔族です。彼らを殺すなら、私から殺しなさい」


 凛と言い張る彼女の耳の上には、魔族特有の角がある。サイズが小さく髪の装飾でよく見えなかったが、この女も魔族らしい。

 少女とも女とも言える、不思議な女だった。



「あなたたち、逃げなさい! この男は強い! 早く逃げて!!」

 彼女は俺に縋りつきながら、背後の男たちに言う。



「ですが姫!」



 男が言う。姫。姫だと?


 ぞわりと背筋が粟立つ。


 魔王の娘が何故こんなところで同族に襲われている?



 姫の称号を持つほどの強者なら、俺など捕まえた時点で捻り殺せるはずだ。


 それ以前に魔族なら、何故、聖属性を持つ俺に触れられる?

 疑問符ばかりが頭に浮かぶ。



「行きなさい!!」



 姫の声に、一瞬躊躇したが、男たちの気配が消える。

 追おうとしたが、どうしてもこの娘を引き剥がせない。

 腕力の話ではなく、離したくないと、やたら強く感じてしまい、動けない。



 魔族の中には当然女もいて、戦うことになる。魅了の耐性もあるのが聖属性持ちだ。

 惑わされることはないし、女だからといって遠慮や容赦はしないよう訓練もされてきた。



 実戦で、女だからと躊躇うことなど、今まで一度もなかった。



 なのに何故。


「アンタどうして俺に触れられる? 魔族にとっちゃ聖属性を纏う騎士に触れれば皮膚が爛れ焼け落ちるってのに」



「私が、聖女のスキルを得たからです。あの者たちを追うというのなら、私が相手になります」



 俺はその言葉に固まる。

 今この女は、聖女と言った。

 ()()()



「アンタ、魔族だよな、姫さん?」


「ええそうです。私は魔王の娘、リディア。姫の称号を剥奪され、追放されし者です」


 はっきりと名乗り上げる声は、溶けるほど甘いのに凛と響く。

 なるほど、そうか。本当にこの娘が聖女らしい。


 俺は肩の力を完全に抜いて、言った。


「俺は聖堂騎士。名前は……ンンー……、とりあえず騎士さんとでも呼んでくれ」


 今は名乗りを上げられない。苦し紛れに言うと、姫さんは不思議そうに俺を見上げた。


「……? 殺さないのですか?」

 こてりと首をかしげる仕草は愛らしく、魔族の姫だというのが嘘のようだ。



 俺は、ひとつため息を吐くと、腹を決めて、口にした。




「聖女を探し出すのも、俺の仕事でな」




*



 謎の聖堂騎士に連れられて、私は歩いた。

 名乗らなかった彼を、言われた通り騎士さんと呼ぶことにして私達は話をした。

 たくさんたくさん話をした。


 人間と話をするのは5才の頃以来で、ずっと食卓にしか存在しなかった。



 私が人の肉を食べたことがなく、出来れば他の魔族にも食べるのをやめて欲しいと思っていることを話すと、隣を歩く騎士さんはとても驚いていた。


 私をどこへ連れ行くつもりなのだろうか。

 聖女を何故探しているのだろうか。

 どうして魔族の私を殺さないのか。


 私にはわからない。何せ、人間の世界の事は、よく知らないのだ。

 現世の歴史のように、勝者は勝者に都合よく歴史を書く。事実の羅列だけでは人の心までは語れない。そうなると物語的な要素と推察が入り混じり、1つの事実に複数の説が残る。


 魔族の歴史は知っている。

 だけど人間社会の歴史を、私は知らない。


 なので、騎士さんにとにかく訊いた。人間社会について。人間からみた魔族について。あらゆる疑問をぶつけていた。


 騎士さんはその疑問すべてに、答えをくれた。

 思慮深い言葉で、「俺の国ではそういう歴史だと教えられた」と言ってくれた。


 歴史における多国間での諍いは、大抵「己の国が正しい」であったり自国の利益であったりのために起きる。国民の間でも同様だ。


 人と人でもそれなのである。人類と人食いの魔族であれば溝はもっと深いのではないかと思ったけれど。


 この人は自分の価値感を押し付けないのだとわかった。


 相手が魔族でも、人同様に正義や価値感に差異があること知っていて、その差異をある程度許容し合うことが出来る。なんだかとてもほっとした。


 よくみれば、私の前世の推しのキャラ造形でもあった。

 褐色の肌に金の目、柔らかそうな髪は美しい。とれにとんでもなく美形だった。

 ぶっきらぼうな喋り方も推しポイントが高い。


 魔族の中にも美形はいたけれど、人食いだと思うと恋は出来なかった。

 この騎士さんに、うっかりときめいてしまいそうになる。



「姫さんを俺の国に連れて行く。だけど安心してくれ、処刑とかそういうのはしない」

 彼の言う、その言葉を、信じてみることにした。


 それは彼が美形で推しポイントが高いからではなく、全力で逃げても、この男には絶対に追いつかれる。その確信があったからだ。


 私は、魔王である父の次に、強い魔族の姫だった。

 だから、側にいる相手の強さもわかる。


 追っ手の彼らも、魔王の腹心で、強さで言えば魔族の十指に入る実力者だった。だから怪我だけで済ませられるかわからなくて困ったし、その彼らの1人の腕を騎士さんは切り落とした。


 この人は、強い。


 だから逃げずに着いて行くことにした。

 元々処刑をされて死んでいてもおかしくなかった身だ。


 とはいえ、少しは女子らしい楽しみを得てから死にたいなと思うのもやむなしである。


 彼と森を抜けながら、会話をするのは、想像よりとてもとても楽しかった。



 だから、まあ、うん。

 彼の国に着いたとき、私は大変に驚くこととなった。



*



 ザ・ナーロッパである。


 彼の国に着き、最初に抱いた感想の語彙のなさに自分でびっくりする。

 ギルドがあり冒険者がいて、宿や馬車、そしてお城がある。


 まさに西洋ファンタジーのような光景に、私は思わず騎士さんの顔を見た。


 何より私を驚かせたのは、その彼である。


「グランメルバ王子」

 城門近くで他の騎士にかしずかれた。

 彼は鷹揚に手を振って「いい、いい。表をあげろ。話にくいから」と言った。


「王子様?」

「まあ、そうなる」


 困ったように彼は言って、他の騎士たちに私を聖女だと紹介し、国王へのお目通りを出来るよう手配しろと命じた。


「お父さんに会うのに、手順が要るの?」

「相手は俺の父親だが、国王でもあるからな」

 魔族の世界では、特にそんな手順は要らなかった。好きなときに父に会いに行っていた。


 よく考えれば、現世の王族なんもそうだった話を思い出した。

 魔族はその辺については割と寛容らしい。


「女中を呼んで支度をさせよう」

 城門が空き、お城に入る。彼はそう言って、メイド服の女性を数人私に紹介し、身支度を手伝うように命じた。


 そこからは怒涛だった。


 湯浴み、そして着替え。

 女中たちは私に似合うドレスはどれか、装飾品はどれかを真剣に選び、身につけさせてくれた。部屋に焚かれたお香はとてもとてもいい匂いがした。


「私が怖くはないんですか?」

 女中たちに訊ねると、「聖女様であらせられますので」とやんわりと言われた。



 どうやら人間社会では魔族であるということより、聖女である、ということの方が重視されるらしい。



 着替えが終わると、部屋に通される。

 調度品や内装はお城の貴賓室らしい豪奢なものだった。


「姫さん」


 聞き覚えのある声に呼ばれると、騎士さんがいた。

 いや、王子様である。

 彼は、まごうかたなき王子様という様相をしている。


 騎士鎧を脱ぎ、白い装飾の多いスーツのような、なんていうんだろうか。とにかく異世界恋愛モノでよく見る、王子のシンプルでいるのにきらびやかな服を着た彼は、また印象が違ってとても素敵だった。


 鎧姿もとても素敵だったけれど、今の服装だとスラリとしていて更に推しポイントが跳ね上がる。



 これはもしや理想の推しなのでは?



 語彙も思考力も失う。

 ツボを完全に、全力で押されていた。


 彼もまた、立ち上がって対面した私に言葉を失っていた。

 控えている女中さんたちはどこか誇らしそうにしている。


「いや、見とれた。参った」

 彼が両手を降参とばかりに挙げて言う。


「ドレスも装飾品も綺麗ですもんね」

 ドレスの裾をつまみ、生地を見る。とても高級で肌触りがいい。最高級品だ。


「それはそうだが、そうじゃない」

 呆れたように彼は言って笑った。その顔も、推しポイントが高い。


「あー……ところで姫さん」

「はい」




「俺と結婚しろと言われたら、嫌か? 多分言われると思うんだが」




「えっ?」

 一瞬頭が真っ白になる。

 結婚? 血痕???????????? けっこ……ん???????


「魔族には伝わってないようだが、魔族ってのは元々は人間なんだ。呪われて、人を食うようになった剣王の一族なんだよ」


 初耳である。

 それも気になるけど、結婚についても気になる。聞き間違いだろうか。展開が速すぎる。


「そんでな、魔族をその呪いから解くには、うちの王家と聖女が婚姻を結ぶ必要があってだな」


 なるほど。それで結婚。

 だけどそこに彼の意思はあるのだろうか。

 いくら推しポイントが高くても、いやだからこそ彼には幸せになってもらいたい。


「あの、騎士さんは嫌ではないんですか? その、私と、け、けっこんするのは」


 言い慣れない単語にどもってしまった。恥ずかしい。


「嫌だったら連れては来ないだろ。俺は正直、聖女なんて見つける気はなかったし、王家から出奔して自由な冒険者にでもなろうと思ってたんだよ」


 がしがしと後ろ首をかく仕草もまた推しポイントが高すぎて困る。


「では何故……?」


 自分のしたいことを捨ててまで、魔族の呪いを解きたい理由があるのだろうか?

 魔族からは出ない発想だ。何故なんだろうか。


「何故ってそりゃあ……惚れたからだろ」

「惚れ……?」


 彼の顔がほんのり赤い。視線を逸らした照れ顔もまた、私のツボ中のツボだった。

 言葉の意味がちょっとわからないくらいツボだった。



「だからな! 戦うアンタも、仲間護ろうと自分の命差し出すアンタもとんでもなく綺麗だと思ったんだよ、俺は。結婚するならアンタがいいと思った。話して逃げられたくなくて、ここまで連れて来たのはズルかったけど、そのくらい惚れてるってことだ」


  待って待って、そんな推し力高い顔をされると。そのあの困る。


「でもアンタがどうしても俺じゃ嫌だというなら他の……」


「嫌ではないです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 全力の声が出た。

 ちょっとパニックを起こしていてよくわからないけど、理想の推しと結婚できて、お父様たちがみんなが、人を食べずに済む。



 そんなことあっていいのだろうか。



「あの、ええと、わたしその、男性からそういうあの、言われたことなくて……」


 素直に結婚したいですといえばいいのに、思わず変な言い訳を始めてしまう。

 彼も私の大声に驚いていて、あわあわしてしまう。


「だって、その騎士さんは理想のタイプなのでびっくりしてしまって!!!!!!!」

 またも変な大声も出してしまった。顔が熱い。穴があったら入りたい。


 前世今世共に恋愛経験ゼロで、私の人生にこんなことが起きる予定なんてなかった。


 前世は言わずもがな、今世はお父様が「俺より強い男でなければ認めん」と公言していたので、私に告白するということは、父に、魔王に喧嘩を売るも同然だったのだ。

 追放後も魔族なのがバレないように生きないといけない。



 一生彼氏どころか、結婚できないなと思っていたので、まさにこれは青天の霹靂だった。



「そいつは嬉しい限りだね」

 彼は本当に嬉しそうに笑んでそう言うと、私の手をとり、跪く。



「リディア。どうか俺と、結婚をして欲しい」

 シンプルな、プロポーズが刺さる。



「……っはい!」


 目頭が熱くなる。

 私は二度目の人生で家族の愛を知れた。だけど、女としての幸せはずっとどこか、諦めていた。

 一度目の人生でたくさん異世界恋愛を読んで憧れはあった。

 でもそれは私の手に届くものだと思ってはいなかった。


 だから、


 ここから婚約破棄とかされたら、世界とかをぶっ壊せそうなほどに、幸せだった。



*



 私はどうやら世界をぶっ壊すことにならずに済んだらしい。

 王様に迎えられ、挨拶をすると、王は私を見て泣き崩れた。


 そして歴史が語られる。


 この国と魔族となった一党は深い関係にあったらしい。


 賢王の治めるこの国と剣王の治める国は、お互い友好な時間を500年も過ごしてきた国同士だった。互いの王家、貴族からも結婚相手を配し、二国は強く深く友好に存在していた。


 しかしある時、剣王の国の王族が呪われた。強い強い呪いで、自分たちが人であったことを忘れ、魔物と化してしまった。


 呪ったのは、二国の友好関係を疎ましく思う呪王の国だった。

 呪われた剣王の国を助けるべく、この国の人たちは呪王家を打ち滅ぼした。

 それでも呪いは解けず、魔族は増え、自らの領地の人々を食らい続けた。


 人を食うほどに強くなり、人を食うほどに人の形を取り戻していく魔族たち。



 王家は、苦渋の決断を下した。

 剣王の国の人々を保護するため、人の住む剣王の領地を全て自国領土にする決定を下したのだ。



 戦った。魔物と化した、救いたい人を斬り、剣王の愛した領民たちを護った。


 剣王であった王家の城の周りには深い森が出来上がり、やがてはそこだけが魔族の領土となった。



 賢王は、長きに渡り呪いを解くのを決して決して、諦めなかった。

 そして解呪の法を編み出した。


 聖女と賢王家が婚姻を結ぶことで、呪いは解ける。

 婚姻は儀式である。


 賢王家にも魔族と化した一族の血が混じっている。

 故に連なる者全てを浄化する、解呪の儀式を組み上げた。


 そうして、聖女が現れるのを、彼らは待ち続けた。


 だが、聖女は中々現れず、人の血肉を求める魔族に対抗する必要もあった。

 聖堂騎士、そして冒険者の手を借り、魔族を狩るのは責務となり、代々の賢王の肩に重く圧し掛かった。


 それでも賢王は、決して魔族を滅ぼそうとはしなかった。


 賢王は剣王とした約束をずっと覚え続けていた。



『どちらかが危機に陥った時は、もう片方が必ず助ける』と。



 賢王は王位につくと、継承魔法によって全ての記憶と歴史が継承されていく。



 王が泣き崩れるのは無理もなかった。


 この国の王がした約束を、知っている。


 この国の王が代々味わった苦悩を知っている。

 この国の王が代々味わった悲嘆を知っている。



 それがようやく、終わるのだから。



 私と騎士さんは全ての人に祝われて、結婚をすることになった。

 ……たった一人を除いては。



*



「俺より強くなれば認めんぞ」

 王との謁見、そして歴史を聞いた後、唐突に父である魔王が姿を現わし、そう言った。


 唐突過ぎてびっくりするが、そういえば父は割と神出鬼没でもあった。

 それでもここで出てくるとは思わなかった。


「お父様!?!?」

「可愛い俺のリディアよ」


 父が私の頭をそっと撫でる。その手がまた焼けて爛れる。

 父はそれでも表情を優しくしたまま私を撫でる。

 それがとても悲しい。



 しかし悲しんでいる場合ではない。

 魔王が降臨したことで周囲はざわめき、王を庇う体制。一触即発だ。



「全て聞いていたぞ」

「えっ?」



「可愛い娘を何の策もなく追放など出来るか。監視ならつけてあるに決まっているだろう」


 魔族は強さこそがルールであり、父の無法っぷりはまさに魔王であるのを忘れていた。

 元々剣の国の王なのだ。代替わりしたとて、武力を求めるのは変わらなかったらしい。法の方も忘れないでいて欲しかった。


「聞いていたのなら私の結婚を反対する理由はないはずです、お父様」


「そうだな。我等の呪いを解くことに尽力をしてくれていたことは感謝する。が、それとこれは別なのだリディア」

「何がですか!?」


「昔から言っていただろう、俺に勝てない男になどリディアはやらんとな!」


 きっぱりと、言い放つ。

 周囲が静まりかえる中、騎士さんが一歩前に出る。


「つまりは魔王であるアンタと戦って、俺が勝てばいいんだな?」


 男同士、向き合ってしまった。

 マズイ。折角魔族のカニバルカーニバルを終焉させられるのに。どうして。

 これでみんなハッピーエンドなのになんでなの?




 ここはもう、あの必殺技を、使うしかない。




「お父様」


「何だリディア、ここからは男同士の真剣勝負」

「嫌いになりますよ」

「えっ」


「その方に髪の毛一筋分でも傷を負わせたら、私、お父様のこと嫌いになってしまいます。そうですね、多分一生口もききたくないくらい、嫌いになります」



 父は目を見開く。



 娘を溺愛する父への、必殺技である。

 私が人肉を食べずに生きてこられたのも、これがあったからだ。



「わかった。お前の勝ちだ」


 そういって父はがくりと肩を落とす。


 人を食らう、魔王の敗北であった。


「結婚式には出られるのであろうな!?」

 しかしどこまでもマイペースな父である。


 魔族となって、人を食らうようになっても、愛情があるただの父親で。

 武力を求める理由を忘れても、求め続けた。



「勿論だとも」

 王が言う。


「ただもう、人を食らうのは」

「ああ、絶つとも。苦労をかけた。すまなかったな……後で話を聞かせて欲しい」


 私はそのやり取りに疑問が浮かぶ。

 人間と何故対話をしてこなかったのかと。


「……どうして、会話が出来るのに、今までこうならなかったのですか、お父様」


「お前がいるから会話が出来るのだ。話を聞いて驚いたのだ、俺にも人間の言葉が、わかることに。その内容にもな」


 私は驚いて、父の顔をマジマジと見た。


「魔族は人の言葉を失ったのです。会話は出来なかった。意志の疎通も」


 王が泣きながら言う。

 聖属性を持つ者だけが、魔族の言葉の意味を聞き取れるのだという。しかしその精度は低く、10語喋って3語わかる、程度なのだと言う。


 だから森で私が魔族と知り、騎士さんはとても驚いたのだとも言った。


「それもまた、聖女様のお力なのです」


 聖女は魔族と人間の言葉を浄化し、魂の会話をさせることも出来るのだと賢王は、涙と共に微笑みながら語った。



 その後、父と私、そして王と騎士さん。4人でお茶を飲みながら、話をした。

 長い長いお話だった。


「リディア、俺は一度森に戻る。皆に話しをせねばならん。また来る。それまで息災でな」

 そういった父は王と少し会話をし、森の魔王城へと帰って行った。



*



 こうして私は、幸せな結婚をした。

 人生二度目の父の涙を見て、少し笑った。



 今思うと、私が転生者であった理由もわかる。

 人としての記憶がなく、人肉に抵抗がなければ、私とて他の魔族と一緒にカニバルカーニバルしていたに違いないのだ。


 私の騎士さんは結婚後に王位を継いだ。

 王様なんてのは俺には合わない、と言うが立派な賢王ぶりを見せている。


 勉強は嫌いと言っていたのに、嫌いなことができないわけではないようで、そんなとこも愛らしくて好きだ。

 お忍びで町に行っては、美味しい町ごはんを食べさせてくれる。気取らない王様。



 魔王であった父たちは、呪いが解かれたことで人に戻った。

 領地を返却するという申し出に、「俺にその資格はない」と断り、ひっそりと森で暮らしている。



 森に魔族がいなくなったことで、出てくるようになった魔獣などを退治し、賢王の国に戦争が仕掛けられれば馳せ参じる。



 俺たちはお前の剣になろう。



 夫となった騎士さんの戴冠式で、父はそういった。



 それで濯げる罪ではないが、せめてもの償いだ。

 今度は俺たちが、約束を守る番だ。とも。



 こうして、形は変わり、ふたつの国はまた、交わった。

 形は違えど手を取り合って、私たちは出来る限り幸福に、この世界で生きて行く。

いいね、ブクマ、評価有難うございます。嬉しくて父の魔王視点の追放後追加エピソードをシリーズ公開しました。

併せてお楽しみ頂ければ幸いです。後日騎士さんとのいちゃいちゃ後日談も追加予定です。

現代ダンジョンモノの男子高校生主人公の連載もはじめました。こちらも楽しんで頂けたら幸いです。

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