外伝1 増える階段
どの学校でも七不思議や怖い話だとかあるだろうけど、私の通う中学校にも同様に怖い話というものが存在していた。彫像が動いたとか普段使われていないはずのトイレから声が聞こえてくると言った、いわゆる七不思議というものだ。
そんな七不思議だが、オチは人の仕業でしたで終わるものばかりなのだが一つだけ洒落にならないものが存在していた。それは、増える階段というものだ。
よく一つ段差が増えたという怖い話があるがあれに似たようなモノで階段が永遠に続くというものらしい。実際にその現象に遭遇した人は酷くおびえているか倒れているところを発見されたとのこと。その多くが警備員や学校の教師らしく、今でもここで勤務している者は誰一人として残ってないそうだ。
先輩たちに聞いた話では、不登校になってしまった人の中にも遭遇してしまった者もいるのではとのこと。そんな曰くつきの階段なのだが、今日までは封鎖されていた。そう今日までは……。
「はぁ、何で私たちの代で解放するかなぁ」
私は屋上へと向かう廊下の中で肩を落としつつ愚痴を漏らした。
「本当だよね。いつもの扉が直ってからにすればいいのにね」
同級生でもあり、幼馴染でもある梨沙子が嫌そうな顔をしながら言った。
「そこの二人、文句を言ってないでちゃんと列になって進みなさい。と、言いたいところだけど私も本当は嫌なのよね」
担任の教師が一瞬おびえるような表情を見せながら本音を漏らした。
「なら、写真撮影は別の日にずらせば良かったじゃないですか」
「私、一個人でそんなこと出来るわけないでしょう。それに、今日しかカメラマンさんの都合がつかなかったのよ」
担任はそう言ったあとに大きなため息をついた。どうやら、不運が重なりすぎた結果こうなってしまったようだ。
屋上へと向かう階段は二つあるのだが、いつも使っている階段から出れる扉がよりにもよって先日に壊れてしまい、急遽曰くつきである階段を開放することになってしまったのだ。
「こんだけの人数で行くんだから大丈夫。きっと大丈夫」
列の中の誰かが自身に言い聞かせる声が聞こえてきた。彼女の言う通り、これだけの人数なのだから何事も起きないと思うことにしよう。そう思ったら少しは怖くなくなってきた。誰が言ったのかは分からないけど、心の中で感謝の言葉を述べながら私は列をなして進んでいく。
「ここか。よし、俺が先に上るわ」
「いやいや、俺が先だ」
私たちは、遂に曰くつきの階段、四階から屋上へと上がる階段の前へとたどり着いてしまった。そんな中で、男子生徒の数人が勇敢なところを見ようとしているのか、それとも面白半分なのか。殆どの人が一瞬立ち止まってしまった中で、率先して上り始めた。
「ちゃんと列に並んで行きなさい」
担任はそう言いながらも、男子生徒たちに何も起きていないことを確認したあとに上り始めた。私たちも担任の後を追うようにして階段を上っていく。
階段を上りきり、扉をくぐるとそこには澄み渡る青空が広がっていた。絶好の撮影日和であることに私の心は打たれて、先ほどまでのことはすっかり忘れてしまった。
「さあ、皆。カメラマンさんを待たせる訳にはいかないから、早く既定の場所に行きましょう」
担任は何も起きなかったことで、先ほどとは違いいつもの調子に戻っていた。
「先生。写真撮影が終わったら私も何枚か撮ってもいいですか?」
「佐々木さん、部活の写真を撮るのね。いいわよ。ただし、カメラを置き忘れないでね。あとでついていくことは出来ないから……」
担任は、部活用の写真を撮ることを許可してくれた。だけど、やはりあの階段を使いたくはないらしい。私も出来ればあの階段を使うことは願い下げなので強く返事をする。
「ありがとうございます。もちろん、忘れませんよ。あの階段を後々また使うことなんて私もしたくありませんから!」
「そう、それならいいけど」
その後は担任の指示のもと、無事に集合写真を撮り納めた。そして普段通りに授業も終わり下校時刻もとい、部活の時間となったのだが――。
「あれ? カメラがない。机の中に置き忘れたのかな」
写真部の部屋へと着いてすぐに、部長に今日の屋上での写真を見せようとしたのだが、何故かカバンに入れておいたはずのカメラが消えてしまっていた。
「部長、そろそろ行かないと野球部との約束の時間になりますよ」
同じ写真部の男子生徒が、時間がせまっていることを告げてきた。今日は、この後に野球部の写真を撮らせてもらう手はずになっているのだ。
「そうね。佐々木さん、悪いけど先に行ってるわね。カメラが見つかり次第すぐに来て頂戴ね」
「はい、すぐに取ってきます」
私はペコリと頭を下げたあとに、すぐに自分の教室へと向かった。廊下は夕暮れ時のせいか赤く染まりつつあった。
「あれ? 変だな。ここにもないなんて……。まさか、屋上に置き忘れた!?」
担任に言われていたのに、どうやらやらかしてしまったらしい。誰もいなくなってしまった教室で、私はしばしの間立ち尽くしてしまった。
どうしよう。誰か一緒に来てくれないかな。梨沙子は……だめだ。既に部活で外を走ってる。他のみんなは……やっぱりいない。担任は絶対に来てくれないだろうし、仕方ない。一人で行こう。
私は赤く染まり切ってしまった廊下を突き進み、例の階段の前へと辿り着いた。
(うう、何だか皆と来た時と違って不気味だな。時間のせいかな)
階段の上を見据えるとともに私は一気に階段を駆け上がった。そして、そのままの勢いで屋上に出る。
「はぁはぁ、良かった。何も起きてない」
私は安堵したあとにふと空を見上げた。そこには、空一面が紅に染まり、不思議な模様の雲が神秘さを醸し出していた。
「うわぁ、何て素敵な景色なんだろう。カメラで、ってそうだった。カメラを探さなきゃ」
屋上を見渡すと、置いた記憶のない場所に何故か私のカメラは置かれていた。私たちの撮影の後のクラスの人が隅に移動したのだろうか。それなら、落とし物で回収してきてくれても良かったのに。そう思いながらも、私はカメラを拾いがあげて、すぐに神秘的な景色をカメラに納めた。
校庭では、野球部の人たちや写真部の面々が活動を開始し始めていた。
「っと、早く私も行かないとね」
私は急ぎ、階段を駆け下りた。
「え? 何で? 今一番下におりたのにどうして?」
一番下におりたはずなのに何故か私は階段の上のほうに戻っていた。背筋に嫌なものを感じながらも私は再度駆け下りる。すると、今度は私が下りるたびに段差が徐々に増えていく。
「何で、何で階段が増えるのよ!」
そう叫びながらも私は階段を下りていく。そんな中で突如、屋上の扉が閉まる音が聞こえてくる。私はその音を聞いて体全身に鳥肌が立ってしまった。
(やばい、やばいやばいやばい。はやく、はやく下りないと)
私は無我夢中で階段を下り続けた。だが、その結果も空しく階段下は暗闇と化してしまった。
(どこまで下りればいいのよ)
疲労し始めた私を急かす様に、首筋になにか生暖かいモノが触れた。
「ヒィ……」
私は足に鞭を打ちながら下りていく。だが、首筋にあたる何かが離れることはなかった。そして、今度は何か気持ちが悪い音が聞こえ始める。
(何なのよ! 後ろには何がいるっていうのよ!)
後ろの物が気になったが、直感が振り向いてはいけないと告げて来た。直感を信じて私は直向きに下りていく。
(受験までして進学校に来たのにこんなのってあんまりだ)
私はこの学校を選んでしまったことを後悔してすぐに、弟がこの学校を受験しようとしていることを思い出した。
弟……。そういえば前にこの怪談話を弟に話したことがあったっけ。その時、弟の友人もいたような……。
私は現実から目を背けるように、過去を振り返る。
この話をした時に、弟はそんな怪奇叩きのめすとか言ってたっけ。でも、弟の友人が無理だよって苦笑いしてたなぁ。
じゃあ、マルならどうするんだよって弟は尋ねて……。それから、あれ? なんて言ったんだっけ?
私はその先を思い出せなかった。何か単純なことを言っていた気がするのだけど。
考え込む私の後方では更に自体がおかしなことになり始めていた。それは、男の人の息遣いが聞こえてきたのだ。それも、ハァハァという興奮したような感じのものがだ。
そして、息遣いが近づいてくると、後ろの何かが突如悲鳴のような奇声を上げたのだ。それとともに私の首筋に触れていたものが離れていく。
やっと気持ちが悪いのが取れた。そう思った拍子に、先ほどまで思い出せなかったことが鮮明に思い出されていく。
(そうか! 跳べばいいんだ!)
弟の友人――マルと呼ばれていた少年は、あの時『僕なら跳ぶよ』と言っていた。それを聞いた弟は笑っていたが、言い切った少年の瞳には、確かな意思が宿っていた。
私は勇気を振り絞って暗闇が広がる階段下へと跳び下りる。後方では、更に奇声が大きくなっていた。追ってこない感じから、これがやはり正解だったようだ。
それにしても、私はどれだけ落ちていけばいいのだろう。私は闇の中をひたすらに落ち続けていく。
◇
「おーい、おーい」
私は誰かが呼ぶ声が聞こえて目を開けた。
「良かった。姉ちゃん」
呼んでいた声は、毎日聞いていた声だった。
「ん? ここは……学校? でも、なんで……?」
「何でって、姉ちゃんがカメラを忘れてたから渡しに来たんだよ。マルと家で遊ぼうとしたら、玄関にカメラ忘れてるんだもんな。それより、こんなところで寝てたけど大丈夫なのかよ?」
「カメラ……。ってそうだ、バケモノは?」
「バケモノ?」
「そう、前に話した階段のやつよ」
私は下から見上げるように階段を見た。だけど、そこには何物もいなかった。
「げっ! ここがその階段なのかよ!」
弟は驚く声をあげたが、その横にいたマルという少年は何のリアクションも示さなかった。
「夢……だったの?」
そう言いながらも私は、首筋を触ってみた。かすかだが、何か湿っているような感じがした。その行動を見て気遣うように弟の友人が声をかけてくる。
「佐々木君のお姉さん。もう大丈夫だよ」
「マル。大丈夫って何がだよ?」
「ああ、ここに来る途中で耳に挟んだんだけど、近々この階段お祓いするらしいよ。だから、もう何も起きないんじゃないかなって話だよ」
「お、それなら俺がここに通うことになった時にはもう安心だな」
「そうだね」
「そうだ。ほい、姉ちゃんのカメラ。今度から忘れるなよ」
「あ、ありがとう」
「ところで立てますか?」
「え、あ、うん。大丈夫、立てるよ」
私は大丈夫だよと言わんばかりに、すっと立ち上がる。あれだけ走っていた疲労は何故か消えてしまっていた。やはり夢だったのだろうか。しかし、首筋に残るあの嫌な感触や湿りが夢でないことを告げていた。
「マルくん、だっけ? ありがとね」
私はアドバイスをくれた彼にお礼を言った。当の彼は声をかけただけだと言いいながらも、どこか上の空なようだった。
「姉ちゃんも大丈夫そうだし、そろそろ行こうぜ」
「うん、分かったよ。それじゃ僕たちは帰りますね」
弟とマル君は、二人仲良く帰っていった。そんな中で私は見逃さなかった。マル君が帰るとき一瞬だけ目を階段の上のである屋上へとむけていたことを。
「私はオカルト部じゃないしこれ以上はごめんだわ」
私は階段を背にして、先輩たちのもとへ歩いて行った。
後日聞いた話なのだが、どうもお祓いに来た人曰く、既にここに棲みついていたモノは消えてしまっていたらしい。今思うと、あの時言っていたマル君の『大丈夫』とは、そのことを言っていたのかもしれない。
今度、会うことがあったら聞いてみようかな。何だかはぐらかされそうな気もするけどね。