02話 憑いてくる
僕は今現在下校中なのだが、あるモノにつきまとわれていた。
カーブミラーで、顔や目線も動かさずに後方を確認する。やはり、まだついてきているようだ。そのついてきているモノは、白いワンピースをきており髪は長く顔はよく見えないのだが、体のラインから女性であることが窺えた。
見た目だけだと人間かと勘違いしてしまいそうになるが、三十センチほど浮遊しているのでこの世のものではないことは明白だった。
どうしたものか。家まで着けばある意味で安全なのだがと思っていると、後ろから声が聞こえてくる。
「オサイフ落としたわよ」
「……」
「ねえ、聞こえてる?」
「……」
曲がり角を曲がってもやはり後をついてきているようだ。
「お兄ちゃん助けて! 変な人に襲われそうなの……」
今度は、小さな女の子の声が後方から聞こえてきた。だが、振り向かない。これはヤツラの常套手段だ。そんなもので引っかかる僕ではない! 構わずに前へと歩いていく。
「いやああああ! お兄ちゃん助けてよ!!」
「……」
どう見ても大人なのに、その演技には思わず称賛してしまいそうになる。しかし、そんなことはしない。そんなことをしたら最後だからだ。
「おーい、マル。これからお前の家で一緒にゲームしようぜ」
これは驚きだ。どこから僕のあだ名を調べたのか。それに友人の声真似までするとはモノマネを生業にする人も思わず拍手してしまうことだろう。だが反応しない。
そもそも、彼は今頃幼馴染たちと市民プールに向かっているはずなのでこんな所にいるはずがないのだ。僕のあだ名まで調査しているなら、そこもしっかりして欲しいものだ。
しばらく、沈黙が続いていたので諦めたのかと思った矢先に、またしても声が聞こえてくる。
「ウシロヲムケ……サモナイトノロイコロスゾ……」
「……」
それはやってはいけない。そんなおどろおどろしい声を出したところで絶対に振り向かない。中には反応して逃げだす人もいるんだろうけど、僕にはそんな物は通用しない。というかそもそもこの声自体霊感ある人じゃないと聞こえないんじゃないかな。時々、すれ違う人も反応してないし……。
ズル……ズル……と何やら生々しいものを引きづるような音が聞こえてくる。まったくこのレパートリーの多さには頭が上がりそうにない。
その奇妙な音もやがて止まり、後方から今度は『ハァ、ハァ』という荒い息遣いが聞こえてきた。しかも、男の声でだ。
それは一番酷いよと思った矢先、一陣の風が吹くと共に後方から女性の声が聞こえてくる。
「きゃあ、風でスカートが……」
その声を聞いたことで、僕の思考は胸の高鳴りに呼応するように加速していく。
どうみても後ろにいるのはこの世のものではない。浮いていることがそれを証明している。だがしかし、実体があるかは分からないはずだ。幽霊ではなく、怪異の類ならば実態があるのではないか? その可能性はあるはずだ。ということは風の影響も受けている可能性があるということだ!!
僕は後ろにいるモノの正体が気になって仕方ないのだ。知的好奇心には流石の僕でも抗うことはできない。後ろを振り向いてすぐさま家に駆け込めばいいのだ。
よし、やることは決まった。あとは振り向くだけだ。まだ一秒も経っていない。それに風もまだ止んではいない。ならば間に合うはず!
僕は考えをまとめ終えると、すぐさま後ろを振り向くと共に念のための言い訳も付け加える。
「しまった! 学校に教科書忘れちゃった」
つきまとっていたモノはスカートなど抑えてはいなかった。ただ棒立ちで飛んでいたが、その視線は自身の足元を見ていた。
その足物にはヘッドスライディングで空を見上げながら滑り込んでいるヘンタイさんがいた。両手にはデジカメを持って連続でシャッターまで切っている。
「はぁはぁ、ローアングルからの迫力は素晴らしいな」
浮遊する女性の下を潜り抜けて、その前で立ち上がったヘンタイさんはデジカメで撮影した物を確認していた。
「ピンクか……」
その言葉に反応して、慌てて二人の女性がスカートを抑える。一人は浮遊する女性。もう一人は、僕の横に立っている人間の女性である。
「今度は、この服に着替えてみてよ」
ヘンタイさんは、どこから取り出したのか分からないコスプレ衣装らしき物を浮遊する女性に押し付けていた。そんな彼女は、嫌がって逃げようとするもヘンタイさんに腕を掴まれているせいで逃げられないでいる。
「ちょっとあなた、さっき私のこと撮ったでしょ」
今さっきスカートを抑えていた人間の方の女性が、声を荒げながらヘンタイさんに詰め寄り腕を掴もうとする。が、その腕は何も掴めなかった。今までそこにいたはずのヘンタイさんが何故か、曲がり角の所まで行ってしまったからだ。
「えっ!? なんで? 今そこにいたでしょ。なんであんな所にいるのよ。ちょっと待ちなさい!」
女性は走ってヘンタイさんを追いかけていった。
そして、浮遊していた女性はというと、ここぞとばかりに天へと昇っていた。僕が振り向いてからわずか数分の出来事である。