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縁談拒否されて実家に縁を切られた令嬢、拒否した相手と再び婚約することになりました  作者: あさづき ゆう
第五章 怪異

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時間稼ぎ


 日菜子と真理を見送る。もう少し日菜子と話したかったが、ここは危険だ。見送るしかなかった。

 ここしばらく忙しく、毎日が慌ただしかった。それもこの目の前にいる怪異が原因だ。これを排除すればまた穏やかな日常が戻ってくる。


 大きく息を吸うと気持ちを切り替えた。目の前にいる怪異を見据えた。


「さっさと処理する」

「おおう、その切り替え、怖いからやめろ!」


 浄化は無理でも、再生できないぐらい切り刻むことはできる。幸いにしてここは辺境ではない。強い浄化と結界に守られた帝都。辺境のように実体化を維持するだけの潤沢な瘴気は存在せず、再生を繰り返しても、いずれは限界が来る。


 こちらに向かってきた太い蔓を隆臣は斬り飛ばした。斬られた瘴気は怒ったように他の蔓をブンと音を立てて振り回す。


「おっと」


 宇根元は飛んできた蔓を上手く避け、瘴気の本体へと距離を縮める。黒い蔓が宇根元を再び狙う前に、刀を根元に滑らせた。人の腕ほどの黒い蔓が地面に転がった。


 怪異は断面から黒い霧を吹き出しながら、体を回転させた。その動きに追従して、他の蔓が宙を暴れる。


「随分と靄を吹き出しますね」


 何度か攻撃してくる蔓を切り落とし、川口が心配そうに呟いた。切り口から吹き出す黒い靄に脅威を感じないが、辺りにじわじわと広がりつつある。斬れば斬るほど淀みが重なり、結界に閉ざされた空間は徐々に重苦しくなっていく。


「浄化の護符がないとこうなるんだな。蔓の破片は再生しようとしているが、靄はそのままだ」


 辺境での討伐の場合、瘴気を切った後はすぐに浄化の護符で減らしていく。そのため、切ったままの状態で放置すると、どうなるかは知らなかった。


「この靄、増やさない方がいいかもしれない。空気が重く感じる」


 ねっとりとした空気が体の動きを鈍くしていることに隆臣は気が付いた。川口も同じことを思っていたようで、頷いた。二人からそう言われ、宇根元は首を傾げた。


「そうか? まあ二人がそういうのなら切るのは控えるか。浄化の護符、そろそろできたかな」

「何を言っているんです。先ほど頼んだばかりじゃないですか。流石にこの短時間で大量の護符は作れませんよ」

「しかしなぁ。隆臣、何かいい方法はないか? 切り落とさずに弱める方法」


 案はないかと言われ、隆臣はじっくりと怪異を観察した。大量の黒い蔓はお互い絡み合って一つの幹のような塊になり、蔓の先端はあちらこちらに向かって蠢いていた。先ほど切り落とした部分も徐々に再生されつつある。


「本体に神力を叩きこんだら、少しは動かなくなるかもしれない」

「そう言えば、さっき神力で動かなくなっていたな。では、それでいくか。動けないうちに三人で一斉に叩き込めば、時間稼ぎにはなるだろう」


 狙う場所を宇根元が指示をした時に。


「待ってくれ! 綾乃をそれ以上痛めつけないでくれ!」


 かすれた声が三人の動きを止めた。声の方を向けば、修二が博一を支えて立っていた。博一は怪我をしているのか、自分では立てないようだ。痛みに顔を歪めているが、それでも意識ははっきりしている。血も見えないことから、打撲だけのようだ。


「綾乃? 誰だそれは」

「小原博一の妻だ」


 宇根元の呟きに、隆臣が答える。その関係性を知って、宇根元はあからさまに嫌な顔をした。博一は修二の手を離れ、よろよろとした足取りで宇根元に近づく。そして、頭を下げた。


「頼む、綾乃を助けてくれ。あれは仕方がなくああなってしまっただけで」

「ちょっと待ってくれ。そもそも本当にあれが、その綾乃という女で間違いないのか? 人間が瘴気に取り込まれて核になるなんて、聞いたことがないんだが」

「綾乃であることは間違いない。彼女の神力をあの中心から感じる」


 どういうことか、と三人の目が修二を見た。修二はため息を吐く。


「僕も正直信じられない。だけど、会話を交わしたというし、否定できる理由もないんだ」


 修二の言葉に希望を見出したのか、博一は顔を上げると修二に縋るような眼差しを向ける。


「浄化をしたら、元に戻るんだろう?」

「うーん、どうだろう。事例が……」

「はっきり言うが、小動物でも浄化して元に戻った事例はない」


 宇根元はきっぱりと事実を告げた。ぎょっとして修二は宇根元を見る。修二が何かを言う前に、宇根元は鼻を鳴らした。


「そういう、他の事実を隠すことは良くない。絶望がさらに深くなる」

「宇根元君!」


 批判の色を帯びた声で、修二が叫んだ。二人のやり取りを目の当たりにして、博一はがっくりと肩を落とす。


「――そうか。助からないのか」

「そもそもどうして奥方があのような状態になったのですか?」


 冷静に川口が聞いた。


「綾乃は清水家の贄だったんだ。長い間、真摯に仕えていたことが評価されて側仕えになって。彼女の生んだ息子も同じように贄の素質があった。綾乃が仕えている限り、息子が贄になることはないと約束したのに」


 その先は綾乃の断片的な言葉からの想像だと断りを入れて。

 何かしらの理由で、贄が足りなくなった。もっと贄を用意しろと言われ、手段としてあのようになってしまったのではないかと。当然、綾乃が動かざるを得ない理由は息子だ。


「贄を用意しないと喰われてしまうと、彼女は言っていた」


 ぽつぽつと断片的な情報を繋ぎ合わせて、説明した。


「清水家の贄」


 隆臣は初めて聞くことだった。長い間、清水家と繋がりがあったがそのようなことがあるとは知らなかった。知っているのかと宇根元を無言で見れば、彼も首を左右に振る。


「そもそも何だ、その贄というのは。しかも喰うとは、穏やかじゃないな」

「あー」


 変な声を出したのは修二だった。彼は気まずい顔をしている。


「学者先生は知っているんだな?」

「三崎君が個人的に掴んだ情報程度だが。代々浄化できなかった穢れを封じる姫が神力を持たない皇族の姫の役割なんだそうだ」

「やっぱり、それ以上は言わなくていい。聞いたら引き返せなそうだ」


 宇根元は修二の言葉に被せるようにして、中断させる。修二は眉をちょっと寄せた。


「ちゃんと知っておいた方が」


 修二が詰め寄ったところで、地面が揺れた。

 先ほどのように黒い蔓同士を叩きつけ、威嚇するように嫌な音を鳴らしている。


「おっと、時間切れだ。浄化の護符が来るまで、本体に神力を叩きこむ」


 隆臣と川口にそう告げてから、博一を真正面に見た。


「申し訳ないが、瘴気の消滅が最優先だ。もしかしたら助かるかもしれないが、最悪な場合もある」


 想像したのか、悲壮感が全身から漂った。だが、それでも、無理なお願いをすることはなかった。彼も分かっているのだろう。あの姿を見て、万が一元の姿に戻れたとしても、変質していないかなど分からない。


「ついでに学者先生。あの実体化した瘴気、どこが一番弱いと思う?」

「ん、ああ。そうだなぁ」


 腕を振り上げるように蔓を高く持ち上げ、地面に叩きつけてくる。それを何とか避けながら、修二は考えた。


「あそこの、絡み合っているところが細くなっている部分を狙ってくれ。それから千切れると瘴気を吹き出すようだから、なるべく切らないように」

「了解」


 宇根元は他の二人に指示を出した。高められた神力が同時に放たれた。同じ場所に神力を受け、苦しそうな様子を見せるが、切り落とすわけでも浄化するわけでもない。すぐさま元の勢いを取り戻し、攻撃を仕掛けてくる。だが、何かしらのダメージは受けているのか、数多くあった黒い蔓は何本かが勢いを失い、緩慢な動きを見せた。


「これは……持久戦だな」


 確実に弱り始めているとはいえ、暢気に見ているほどでもなく。

 隆臣の呟きに、宇根元が面相臭そうにため息をついた。



「お待たせしましたー! 浄化の護符を持ってきましたよ!」


 場違いなほどの明るい声と、軽やかな足音。

 勢いを削ることだけをしていた三人はその声に顔を上げた。藤原の屋敷の方から小走りにやってきたのは三崎と、そして日菜子だった。


 隆臣はぎょっとして声を上げる。


「日菜子! どうしてここに!」

「無事でよかった。出来上がった護符を持ってきたのよ」


 日菜子はそのまま隆臣に駆け寄り、持ってきた護符を押し付けた。同様にこちらに寄ってきた宇根元と川口にも浄化の護符の束を渡す。


「ありがたい! これだけあれば、すぐ浄化できるはずだ」


 宇根元は喜びに浄化の護符に頬ずりをする。三崎はその様子を見て、にんまりと笑った。


「護符が大好きな皆様に朗報です!」


 そして懐から手のひらに収まるぐらいの塊を取り出す。何が始まったのかと、自然とその場にいた人たちの視線が集まる。


 三崎はその期待に満ちた眼差し(勘違い)に高揚しながら、自分自身で効果音を出す。


「じゃじゃーん! 新発明、ごっくん浄化護符です!」


 修二が額に手を当て、項垂れた。討伐隊の三人はしばらく三崎を眺めていたが、すぐに真面目な顔に戻る。そして受け取った護符の枚数を確認し始めた。


「さっさと、浄化をしてしまおうか。何枚持っている?」

「十六枚ですね」

「こっちは十三枚」


 それぞれ枚数を確認し、怪異の討伐方法を話し合う。誰にも相手にされなくなった三崎はむっとして唇を尖らせた。


「ちょっと聞いてくださいよ! これは新しい試みで」

「三崎君、しばらく黙っていなさい」

「センセー!」


 煩く騒ぐ三崎を修二が回収した。日菜子は大体予想がついていたので、苦笑いだ。


「もう! 日菜子さんに頑張って作ってもらったのに」

「今は目の前のことをどうにかしないと」

「そういうものですかね。折角の機会なのに」


 意気消沈した三崎は手のひらに新しく作った護符を乗せた。コロコロした護符は試作品のため、あまり綺麗とは言い難い。複数の護符を作り、それを何層にも固めたもの。実際にどんな効果が出るのかはわからない。ただ、三崎の理屈からすれば、いい感じになるらしい。


「まあ、次の機会でいいです。これは日菜子さんに上げます」

「いいの?」

「お守り代わりですよ。それに次の機会には間に合わせではなくてもっと細かに指定したものにします」


 流石、研究者。

 日菜子は三崎から素直に新しい護符を受け取って、その時は協力するね、と約束した。

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