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縁談拒否されて実家に縁を切られた令嬢、拒否した相手と再び婚約することになりました  作者: あさづき ゆう
第五章 怪異

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怪異との遭遇


 まだ明るい時間。

 怪異の噂が広がり始めた影響で人の往来が少なくなったとはいえ、帝都の中心街はそれなりに賑わいを保っていた。華やかな街並みは変わらず、色とりどりの店先には気休めのお守りが並べられ、まるで人々の不安さえも商売にしている。


 こちらのお守り袋が可愛い、ときゃらきゃらと楽し気に笑いながら、女性たちがお守りを選んでいる。そんな女性たちを横目に、日菜子と真理はいつもよりも足早に通り抜けた。


「すごく楽しそうね」

「世の中は物騒だけど、実感がないのよね。わたしだって、こうして身近に話す人がいなければ、ただの噂でしかないもの」

「そうかも。お守りも可愛いものを選ぶことが大事で、本当の怪異があるなんて思いもしないわね」


 日菜子は隆臣と出会う前の自分を思い出し、頷いた。護符師になるために一生懸命に学んでいたが、実際にどのように使われるとか、何のためなのか、そういうことを考えたことはなかった。隆臣と出会ってから、ようやくその役割を理解し始めたのだ。


「最近、朝香さまもなかなかカフェに顔を出さないけれど、結婚の準備は進んでいるの?」

「それなりに」

「家は見つかった?」


 真理の表情が一瞬曇る。どうやら、下見に行った際に果歩に邪魔されたことが、彼女の心に引っかかっているようだ。日菜子は不安を吐き出すように息を吐いた。


「家の方は保留ね。条件を詰めようとしたときに、この騒動になってしまって。もう少し落ち着いてからになると思う」

「急がなくて大丈夫なの?」


 この国では一般的に婚約期間約一年。婚約までは急いだが、その後はしっかりとした準備期間を取っている。日菜子の教育も含め、住む家や家財道具、通いのお手伝いの手配など、生活に必要な細々とした取り決めが山積みだ。


 そう考えていたのだが、真理の心配はすぐにでも結婚した方がいいのでは、ということだった。


「婚約はすでに整っているし、急ぐ必要はないと思うけど」

「普通はね。でも、期間が長くなると横槍が入りやすくなるでしょう? 話を聞いていると、諦めていないように思えるわ」


 確かに、と日菜子は頷いた。一度目も縁談が潰されているのだ。二度目もないとは限らない。それに隆臣が拒否していても、果歩は違う。しかも、我儘を実現できるだけの力を持った女性だ。


「ない、と信じたい」

「もう! だったらさっさと入籍すればいいのに。準備なんて、後でいくらでも」

「そういうけれども。藤原家も朝香家も色々と手順があるのよ」


 どちらも名家のため、事情があったとしても、急な入籍はよからぬ噂を呼び寄せる。そしてそんな噂は、まわりまわって日菜子の評判を下げることになる。隆臣だけでなく、両家もそれを許さないだろう。


 結婚準備についてあれこれと話しているうちに繁華街から離れ、貴族の屋敷が建ち並ぶ区画に足を踏み入れた。真理が不安そうに辺りを見回す。


「どうしたの?」

「この辺りが、なんだか変な感じがするの」


 真理ははそう言いながら、自分の胸に手を当てた。日菜子は心配げに顔を曇らせた。


「気分が悪いのかしら? 顔色も悪いわ。家まであと少しだから頑張って」


 異変を感じたのは真理が先だった。彼女は反射的に日菜子を思いっきり突き飛ばした。日菜子はバランスを崩し、地面に尻もちをつく。


「ま、り?」


 真理の足元から、黒い影が吹き上がる。まるで生き物のように、蔓のようなものが無数に天へと伸び、ゆらゆらと蠢いている。そのおぞましい黒は、緩慢に体を動かしながら真理を囲い込んでいく。恐怖に顔を青く染めた真理は、心の底からの叫びを上げた。


「にげてっ、はやく!」


 呆然としてその様子をただ見ていた日菜子は彼女の必死な声に我に返った。すぐに立ち上がり、持っていた袋に手を突っ込んだ。持てる限りの護符を掬う。全力で神力を籠め、真理を取り込もうとしている黒い蔓に投げつけた。


 神力を帯びた護符はまばゆい光を放ちながら黒い蔓に張り付く。次の瞬間、爆発するように強く輝いた。一つ一つの勢いはないが、それが複数個、一度に爆発する。その光景に怯んだ黒い蔓を見て、日菜子はもう一度、紙袋から残りの護符を取り出し、さらに強い神力を込めて叩きつけた。


 日菜子の反撃に怯えたのか、黒い蔓は真理から距離を取った。その隙を逃さず、日菜子は真理の腕を掴み、力強く引っ張る。着物の帯に挟んでいた護符を取り出すと、宙に放った。二人を中心に、護符の力が膜のように広がった。


 修二から貰った試作品の護符とは違い、こちらは魔除けの護符だ。心配して正彦が何枚か持たせてくれたその護符は、浄化の力は持たないが、触れたものを切り刻む力を秘めている。黒い蔓は魔除けに力任せにぶつかり、瞬時に千々に砕け散った。


 周囲に張り巡らされた魔除けの効果に、二人はほっと息を吐く。真理は気が抜けてしまったのか、そのまましゃがみこんだ。涙が瞳に滲み、彼女の声は震えていた。


「こ、怖かった」

「まだ助かったわけじゃないわ。真理、走れそう?」


 日菜子は焦る気持ちを抑え、真理の様子を伺う。千々に砕けた黒い蔓が徐々に集まり、再び形を取り戻そうとしているのが見える。真理は着物の袖口で涙を拭い、何とか立ち上がった。

 日菜子は長く続く塀の切れ目を指差した。


「あそこまで頑張って。あの先に藤原の結界が張ってあるから。何とかなるはず」

「日菜子は?」


 真理の眼差しが、一緒に行かないのかと問いかけてくる。日菜子はその視線に応え、にこりと笑った。彼女の目には、真理を守るという強い決意が宿っていた。


「もう一枚、魔よけの護符があるの。真理が走り出したら、きっと追ってくる。その時にこれを使うわ」


 少しでも時間を稼げば、二人ともたどり着ける。

 そう強く言い聞かせた。真理は何か言いたそうだったが、言葉を呑み込むとぐっと顔を上げる。そこにはちゃんと逃げるという強い意思があった。


「走って!」


 日菜子の声が響くと、真理は一瞬の躊躇もなく駆け出した。背後から迫る黒い蔓が、元の形を取り戻しながら、まるで生き物のように真理に向かって伸びてくる。日菜子は、真理がその蔓に捕まらないよう、護符を空中に放り投げた。


 護符が宙を舞い、真理と黒い蔓の間に魔除けの結界が展開する。突然現れた結界に、黒い蔓は慌てて後ろに下がった。それでも勢いが殺せなかった部分が結界に当たり、くしゃりと潰れた。

 先ほどのようにすべてが千々にならず、半分ほど生きている。残りの部分が怒りに満ちた動きで激しく蠢いた。


 日菜子はその様子を目の当たりにして、顔色を青くした。


「ちょっとまずいかも! もっと早く走って!」

「無理を言わないで!」


 それでも真理は着物の裾をまくり上げ、必死に走り続けた。だが、足元の小石に躓き、彼女は勢いよく地面に倒れ込んだ。


「真理!」


 半分ほど残っていた黒い蔓が倒れた真理に向かっていく。彼女を守るために、日菜子は真理の上に覆いかぶさった。黒い蔓が二人に襲いかかろうと、鎌首をもたげた時。


 目が眩むほどの輝きが黒い蔓に向かって放たれた。

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