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混沌のカフェ


 カフェにやってくる学者たちはひょろひょろした体つきをしている。通い詰めている人は大体三十代以上。そもそもこのカフェにやってきた学者たちは明子目当てで、そこから珈琲が美味しいという話題になり、人が集まるようになった。もちろん学者たちが。


 若い学者もいないことはないが、大抵は上司を連れ戻しにやってきているだけ。長居するよりも、一杯飲み干すとすぐさま上司を引きずって帰る。


 それが日常。

 顔ぶれは時々変わるが、その行動はほとんど変わらない。

 少し一般とはかけ離れた雰囲気であるが、日菜子はそれが嫌いではなかった。それなのに。


「日菜子君! 珈琲、お代わり!」


 手を上げて、大声を上げる宇根元。その隣に座る川口は無表情にケーキを食べている。宇根元は自分の皿を持ち上げて、さらに追加した。


「あと、このケーキ、三つ追加で」

「……かしこまりました」


 何度も何度も心の中で「あれは客」と呪文を唱えながら、注文を受ける。そんな日菜子の肩を明子が叩いた。


「あそこはもう行かなくていいわ。わたしが行くから」

「でも」

「いいから、いいから。あそこに捕まると、なかなか抜け出せないでしょう?」


 そう言われて、曖昧に微笑んだ。

 そもそも宇根元を許したのは日菜子だ。藤原家は日菜子が受けた仕打ちに、大人げなく報復に出た。外の人間は知らないだろうが、日菜子は藤原家一族にとってお姫さまだ。伯父夫婦には男子しか生まれず、日菜子は藤原の血を引く唯一の女子だった。母親が死んで縁切りまでされてしまった日菜子を守るという強い意思があった。


 日菜子のことは別として、藤原一門は今まで金と権力で無理なことばかり押し付けてきた討伐隊に対して、日ごろから不満を抱えていた。だから、日菜子のことをきっかけに、権力にごり押しされていた優遇措置をやめたのだ。


 確かに、宇根元のやり方には問題が多かった。だけど、帝都が守られているのは討伐隊あっての事であり、護符による浄化の力よりも年々瘴気の方が強くなっているのも事実。研究を重ねているものの、使い勝手の悪い護符ばかりができる。結局は改良もできぬまま、現状維持が続いている。


 今回、宇根元が真摯に頭を下げたことで藤原一門、さらには学者たちも動いたのだ。


「だからって、ここで打ち合わせをする必要はないわよね」


 学者と軍人が交ざり合って、あれこれ言いあっているのを見て、思わずぼやく。喧嘩をしているわけではない。お互いの知識と経験と、それから出てくる色々なアイディアをああでもない、こうでもないと言い合っているだけだ。本人たちはとても生き生きとしていて、楽しそうである。


「仕方がないわ。ここはそういう場所だから」

「そうなのですか?」

「元々はね。こういうカフェがあれば、自然と交流できるだろうという思惑があったの」


 カフェになっているこの場所は研究部門が買い上げて、憩いの場にしたというのは聞いていた。


「こうして、お互いに分かり合えるのは大切なのよ」

「そういうものですか」


 共通の場所で会議室でも何でも作ればいいと思ったが、日菜子は黙っていた。


「日菜子君!」


 名前を呼ばれて、顔を上げる。修二が手を振っている。彼もこの交流を楽しみにしている一人で、いつもなら洒落た格好で珈琲を飲みに来ていたが、今はすっかり元通り。


 着物の下にスタンドカラーのシャツを着こみ、袴を合わせている。

 つまり、いつもの研究所での姿。髪も撫でつけられておらず、櫛を通したのかも怪しいぐらい、ぼさぼさだ。


「はーい」

「この護符を作ってくれないだろうか」


 そう言って渡されたのは、見たことのない護符。

 普段練習している神文字も使っているが、わからない文字が所々ある。さらに、不可解なのは文字ではない紋様。植物の葉と蔦のような文様が文字を囲っている。日菜子の知るどの護符とも違う。


 何を意味するのか、日菜子にはわからなかった。思わず情けない顔をして修二を見た。


「おじさま、申し訳ないけれども、このような紋様の入った護符は見たことがないわ。本当にこれ、護符に使える紋様なの?」

「お、そうか。紋様は未修得か」

「ええ。まだ一般の護符しか作ったことがないわ」


 正直に自分の実力を話せば、宇根元が口を挟んでくる。


「神力を込めて、そのまま写せばいいんじゃないのか?」

「写しただけでは護符にはなりません」

「そうなのか?」


 よくわかっていなそうな宇根元に、ため息が出る。


「文字の運びや線の太さ、そういうところも正確に写し取らなければ護符としての効果が見込めないのです。なので、神文字ならばなんとかなっても、この紋様がどのような筆運びで書かれているのかがわからないと」

「それは学者先生たちが知っているんじゃないのか?」


 周囲にいる学者たちに聞けば。彼らは困ったように顔を見合わせた。修二は今更のようなことを宇根元に説明する。


「学者はただの学者だ。護符師ではない」

「でも知っているんだろう?」

「学者は神文字や紋様を組み合わせた時に生まれる効果を予測することができるだけで、作れるわけではないんだ」

「は? だけど、研究では試しながらやっているんじゃないのか?」


 宇根元の疑問ももっともで、修二は肩を竦めた。


「簡単なものならば、可能だな。特殊な神文字や紋様の場合は、護符師の協力を仰いでいる。実際に作る人間が書いてみないと、本当の効果など分からないんだ」


 学者たちが沢山議論を重ね、考察を行い、問題点を潰してからようやく護符を作ることに許可が出る。無駄にすることがないようにという配慮と、検討不足の検証にいつまでも付き合わせないためのものだ。護符師は沢山いるわけではない。知識と技量を持つ護符師となると極端に人数が少なくなる。


「……なるほど。これまで浄化の護符が改良されない理由が分かった気がする」

「浄化の護符の素材を変えて、もっと強い神力を込められるようにしていいのなら、簡単なんだがなぁ」


 修二がごく当たり前に言った言葉に、宇根元は不可解そうに眉を寄せた。


「もっと強い神力? どういうことだ?」

「つまりだ、あの浄化の護符は少しの神力で使えるようになっている。素材を変えて、神力の量を多くすれば、強い浄化の護符になる。単純に込める神力が増えるから、当然と言えば当然」

「だったら、浄化の護符を改良しなくても、討伐隊の皆さんの神力に合わせた浄化の護符を用意したら、いいのでは?」


 何気ない日菜子の言葉に、学者たちは大きくため息をついた。学者たちは真っ先にそのことを考えたようだ。


「作ったことはある。ただ、ごく一部にしか使いこなせないんだ」

「ああ、そういう」


 修二の言葉に宇根元はわかったようだ。だが、日菜子には伝わらない。納得できない顔をしている。


「この浄化の護符の利点は神力を持っていれば、誰でも使えること。浄化の力を強化してしまうと、神力を持っていても、ほとんどの人間が使えなくなる」

「ほとんどということは使える人間もいるのでしょう?」


 屁理屈のような気もするが、日菜子は自分の疑問をぶつける。学者たちは嫌がることなく、丁寧に聞いてくれた。今までの検討内容や、研究したことを理路整然と説明される。正直半分も理解できなかったが、一つだけわかったことがあった。


「そのごくわずかな人たちに特化した浄化の護符にしたら、討伐は効率よくならないの?」


 宇根元に疑問を振れば、彼はぽかんとした顔をした。


「上手く使い方を考えれば、無駄な浄化の護符がなくなるの、か? いやいや、でも神力を強めるということは、それだけ神力を消費するということで」


 ぶつぶつと、何やら自分の世界に入り込んでしまった。

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