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縁談拒否されて実家に縁を切られた令嬢、拒否した相手と再び婚約することになりました  作者: あさづき ゆう
第三章 討伐隊と婚約者

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謝罪という名の迷惑行為


 気持ちを伝えたあと、あっという間に婚約が調った。正式な婚約にはそれなりの手順があるのだが、驚くほど早い。藤原も朝香もいつでも婚約できるようにと、すでに準備が終わっており、曖昧だった日菜子の身分も貴族に戻っている。


 この婚約はお互いの家に影響を及ぼしたが、二人の関係が急激に進むわけでもなく。落ち着いて日常が戻ってくれば、変わらぬ毎日。


 仕事終わりには、隆臣が迎えに来て、家まで送ってくれる。帰り道に手を繋ぐのも、話す内容もごく普通の雑談も、婚約前と変わらない。


 それなのに、不思議と気持ちがふわふわする。握られた手の温もりが恥ずかしい気がして、気が付かれない程度に力を抜いてみるが、かえってしっかりと握られてしまう。そのちょっとの行動に悶えてしまい、心の中は嵐のような忙しさだ。


 横を歩く隆臣をちらりと盗み見れば、丁度タイミングよくこちらを向いた彼と目が合う。

 すぐに視線を彼の襟もとに落とした。いつもと変わらない様子でそこにいる彼であったが、違う人に見えて仕方がない。

 普段、あまり感情を見せない彼の顔がいつもよりも柔らかく見える。それに、声も以前よりもずっと艶やかに聞こえる。


 重症だ、と日菜子は頭を抱えたくなった。明らかに意識しすぎている自分に戸惑う。


「義姉が嫁入り前の教育をしたいと言っていた」


 はっとして顔を上げれば、眉をぎゅっと寄せ、難しい顔をした隆臣がいる。


「俺は朝香の跡取りではないので、必要ないと思っている。そう断ったら、きちんと日菜子に聞けと」


 日菜子、と呼び捨てにされて二人の関係が変わったことを意識した。自分でも自覚してしまうほど、頬が熱くなる。その変化に、隆臣が足を止めた。向き合うと心配そうに日菜子の頬に触れる。


「体調が悪いのか? 熱があるようだが」

「違います。ちょっと意識してしまって」


 日菜子はまずます顔を赤くした。目を逸らせたいけれども、しっかりと頬を押さえられていればそれもできず。


「意識?」

「だって、隆臣さん、日菜子って呼ぶから」


 恥ずかしいけれども、素直に伝えてみれば。彼は嬉しそうに目を細めて笑った。


「そうか、意識されるのは嬉しいものだな」

「隆臣さんは変わらないのに、わたしだけ慌てて、すごく恥ずかしい」


 顔が赤いのを真正面から見られるのが嫌で、ふるふると顔を振った。彼の手は簡単に外れる。それもまた寂しい感じがして、自分の気持ちがよくわからない。

 上がったり下がったり忙しい気持ちを持て余していると、隆臣は再び手をつないで歩き始める。


「俺は君とずっと過ごせたら幸せだろうなと思っている。だから、恥ずかしいからという理由で避けないでほしい」

「……はい」


 頭の中がふわふわしたまま、頷いた。日菜子も隆臣とならば幸せになれるだろなという気持ちはどこかにあった。だからなのか、すとんとお腹に彼の言葉が落ちる。


「まあ、面倒なことは沢山あるとは思う」

「はい」

「例えば、朝香のことについても。跡取りではないが、何かにつけて挨拶だ、付き合いだと駆り出されることもある」


 この国において貴族の結婚とは神力がすべての基準。神力を持つ頂点の一角を担う朝香家は他家を従える立場だ。当然、上位の者としての作法がある。

 隆臣の義姉、朝香家当主夫人が教育を、というのはとてもありがたい申し出だ。朝香家に必要以上に近寄らない隆臣にとっては不要なことでも、日菜子にとっては一つの武器になる。


「そして、ああいうのも面倒だと思う」


 そう言って、隆臣が後ろに向かって軽く手を振れば誰かが飛んだ。隆臣の飛ばした神力を上手く避けたようだ。日菜子は驚いてそちらに目を向ける。


「こんな街中で何をするんだ! 危ないじゃないか!」

「隊長こそ、ずっと後をついてきて何か用ですか?」


 じろりと睨む先には宇根元がいた。そして、彼を止めるためなのか、少し離れた場所に隆臣の部下である川口と住吉もそろっている。二人は呆れた様子で宇根元を見ていた。


 日菜子はこの状況がよくわからないが、少なくとも川口と住吉には何のわだかまりもない。宇根元を無視して、二人に小さく会釈した。


「いやー、それにしても驚いた。隆臣に甘い顔ができるなんて。会話を聞いているだけで、胸焼けが」


 最初の印象通りの軽薄な物言い。日菜子は隣に立つ隆臣を見上げた。彼は無表情に上司を見つめ、それから、日菜子の手を握り直す。どうやら見なかったことにするようだ。何かを言えば、かえって会話のきっかけになってしまいそうな、そんな面倒臭さを感じる。


 日菜子はぎゅっと隆臣の手を握りしめた。


「彼女を送っていくので、失礼します」


 隆臣も余計なことを言わずに、一言挨拶をして歩き出す。


「ちょっと待て! 話ぐらい聞け!」

「それなら、明日、仕事の時にでも」

「お前にじゃない。俺はお前の婚約者に用がある」


 他人事のように聞いていた日菜子は宇根元に名指しされて、目を丸くした。


「わたしですか?」

「そうだ!」


 宇根元は大きく頷くと、そのまま土下座した。


 軍服姿の男の、完璧な土下座。


 日菜子は彼の後頭部を見下ろし、狼狽えた。


「え、ええ?」

「婚約破棄しろとか色々、申し訳なかった! だから、藤原の当主に口添えをお願いしたい!」


 どういうことかと、隆臣の顔を見る。彼はため息をついた。


「隊長、前も言いましたが、日菜子に頭を下げたところで藤原の当主が引くとは思えない。今までも、金に物を言わせてきただけで、本来の姿に戻っただけ」

「わかっている」


 今までの軽薄そうな表情を消し、下から見上げられた。へらへらしていない眼差しは、とても真摯なもので。

 これは許すしかないのではないか、と日菜子は苦々しく思う。


「まずは立ってもらえませんか。誰かに見られたら、とても面倒臭いことになりそうなので」

「あ、その心配はいりません。念のため、目くらましの結界を張っています」


 目くらましの結界を張ったと言ったのは、住吉だ。どうやら彼女は宇根元のやりそうなことを把握していたようだ。難しくない神力の使い方だが、一般的ではない。討伐隊だからこそ、使い慣れているのだろう。


「討伐をするためには護符は欠かせない。浄化の護符が多く必要なのだ」

「……浄化の護符を作るのはとても大変なことだと祖父から聞いています。だからこそ、かなり無理をして今まで用意をしていたようです」


 日菜子は息を吐いた。


「正直、援助欲しさに干渉してきたことは不愉快です。ですが、こうして何も心配することなく暮らしていけるのは、討伐隊の働きが大きいことは理解しています」


 宇根元が驚いたように目を見開いた。日菜子がそんなことを考えているなど、思っていなかったようだ。


「きちんと祖父と伯父に謝罪してください。そして、きちんと依頼する。変な権力を使わず、対等に話し合ってください」

「橋渡ししてくれるのか?」

「ええ。浄化の護符がないと困るのは隆臣さんもなので」


 宇根元が感動で、目を潤ませた。泣くほどの事ではないだろう、と考えているうちに、素早く宇根元が近づいてきた。


「近い」


 抱き着こうとした宇根元を隆臣と川口が拳で沈める。


「痛いじゃないか!」

「婚約者のいる女性に抱き着くなんて、タダの変態です」


 住吉の冷ややかな言葉に、宇根元はうぐっと言葉を詰まらせた。

◆ご連絡

ストックが切れたので、本日から一日一話20時更新になります。

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