第9話 そういう雰囲気になったら仕方ない
普段、俺は店の二階に寝泊まりしている。
現在は樹木が床と天井をぶち抜いているが、別に生活面で困ることはない。
少し風通しが良いだけだ。
その日も古びたベッドで仮眠を取っていると、近くに気配を感じた。
俺は瞬時に覚醒し、枕の下から拳銃を掴み出して構える。
そこには這うような姿勢で迫るメルがいた。
俺は銃を下ろさずに尋ねる。
「何してんだ」
「寝込みを襲おうとしてました」
メルは淡々と答える。
なぜかいつもの使用人服は着ておらず、上下の肌着だけの姿だ。
武器は持っていないが油断はできない。
彼女の戦闘技術は、素手でも遺憾なく発揮されるだろう。
俺は引き金に指をかけたまま質問を続ける。
「お前、どこの手先だ。候補が多すぎて分からん」
「私はどこの所属でもないです。店長の命も狙ってません」
「でも襲うって言ったろ」
「性的にです」
「は?」
「性的に襲うつもりだったのです」
そう白状するメルの目つきがおかしい。
どろどろに煮詰められた情欲が静かに渦巻いている。
ふとした拍子に爆発しかねない危うさがあった。
その様子で俺は色々と察する。
「ああ、獣人族の発情期か」
「そうなのです。店長なら独り身ですし別にいいかなぁと」
「俺の意思を尊重してくれよ」
こちらの抗議も届かず、メルはおもむろに圧しかかってきた。
俺の腹に尻を乗せて、胸板を両手で押さえ付ける。
華奢に見えて筋肉は付いているため、確かな重みを感じる。
垂れ下がったメルの髪が頬を撫でてくすぐったい。
しかし、気軽に動ける状態でもなかった。
メルの大きな瞳が俺の顔をまっすぐに覗き込んでくる。
「いいですか」
「勝手にしてくれ」
「ありがとうございます」
メルの顔が下りてきて、互いの唇が重なった。
俺は彼女の衝動に応えるように腰を抱き寄せる。
それからなんやかんやあって朝を迎えた。
外からは開店を催促する冒険者の声が聞こえる。
俺は脱ぎ散らかされた衣服をまとめながら欠伸を洩らす。
寝不足だが仕事に支障はない。
これくらいで疲れるほど軟弱ではなかった。
「さて、今日も頑張るか」
「私はお休みします。ちょっと疲れて動けないです」
ベッドから声がした。
丸まった毛布の間からメルの顔が見える。
無表情だが顔と耳が真っ赤だ。
メルはもぞもぞと動きながら少し睨んでくる。
「元気すぎです」
「そりゃ迷宮の隣で店をやるくらいだからな。元気がなけりゃ潰れるだろ」
着替える俺は飄々と応じる。
ベッドのそばに飲み水を置いてから部屋を出た。
その際、横になったままのメルに声をかける。
「給料は出すから休んどけ。腹が減ったら一階に来い」
「了解です」
階段を下りる途中、手足に付いた大量の噛み跡に気付く。
たぶん首筋や胴体にもあるはずだ。
客から茶化されることを覚悟しつつ、俺は開店の支度を始めた。