第71話 夢を語る
頭上でリターナが揺れている。
首に巻いた鎖で吊られる彼女は、腕組みをして疑問を口にする。
「結局、辺境伯は何者なんだね。彼女は明らかに人間ではないだろう」
「よりによってお前が言うのか」
「自分は例外だよ」
リターナの主張に呆れつつ、俺は彼女の疑問に答えることにした。
「辺境伯は吸血鬼の生き血を啜り続けて変異した元人間だ。見た目は若いが、数百年は生きているらしい」
「ふむ、吸血鬼喰らいか。興味深い存在だね」
リターナが不気味な笑みを浮かべる。
そういえば、辺境伯の身体を好きなだけ実験していいと許可を出していたな。
やる気は十分あるようだ。
「辺境伯は俺がガキの頃から近隣地域を支配する大貴族だ。権限は侯爵と並ぶほどで、たとえ国王でも簡単には逆らえない。無関係な戦争に首を突っ込んで暴れまわるせいで、他国からも災害みたいな扱いをされている。かなり難はあるが、国境の守り神ってわけだ」
「その守り神を君は幽閉したのか。罰当たりだね」
「俺達に負けた辺境伯が悪い」
向こうの権力に遠慮していたら、こちらがすべてを失っていた。
そもそも理不尽な動機で襲撃されたのだ。
誰であろうとねじ伏せるのが俺のやり方である。
俺は料理を皿に移しながら話を締めにかかる。
「さすがの辺境伯でも、今の状態からは絶対に――」
「ワシはここにいるぞ」
すぐそばで甲高い声がした。
見ると紅い蝙蝠が飛び回っている。
俺は反射的に拳銃を発砲した。
大げさな挙動で避けた蝙蝠は抗議する。
「何をする。危ないからやめるのじゃ」
「その喋り方……確かに辺境伯だな。蝙蝠に変身して脱出したのか」
「違う。ワシはまだ捕まっているぞ。これは分体じゃ」
紅い蝙蝠もとい辺境伯はそう主張する。
場の全員が注目する中、俺はひとまず話を聞くことにした。
予想外の復活を前に、迂闊な行動は危険すぎると考えたのだ。
たとえ小さな蝙蝠の姿だとしても決して油断できない。
雰囲気からして時間稼ぎでないのは分かるので、ここはなるべく穏便に進めたかった。
空いたテーブルに着地した辺境伯は、どこか得意げに語り始める。
曰く、特殊弾で無力化される寸前に力の一部を分離していたのだという。
それが空気中の魔力を取り込んで成長して蝙蝠となり、ようやく意思疎通が可能になったそうだ。
俺は拳銃を下ろさずに質問をする。
「その分体ってやつで本体を解放するつもりか」
「やれるものならそうしたいが、お主が許さんじゃろ。今のところは諦めておるよ」
「じゃあ何が目的だ」
俺は視線を鋭くして問い詰めた。
辺境伯は蝙蝠の羽を大きく上下させる。
「お主の店で暮らすつもりじゃ! 館への招待は断られたが、ワシが嫁ぐ形なら問題はあるまい?」
問題だらけだった。




