第6話 料理は愛情よりも衛生観念
この店は迷宮の隣にあり、毎日のように冒険者の客が訪れる。
だから自然と様々な情報が耳に入ってきた。
それらの噂は良い退屈しのぎになる。
話題として挙がりやすいのは、迷宮の探索状況だ。
冒険者にとっては命に関わる内容である。
どの階層に何があるか知っておくのは重要で、生存率を大きく左右する。
情報共有は絶えず行われており、未知の迷宮は着々と内部構造を暴かれていた。
近所にギルドも設営されたらしい。
これで冒険者達の活動はより円滑になるはずだ。
街への来訪者もさらに増えて、店も忙しくなりそうである。
店にも新たな変化が起きていた。
冒険者が魔物の死骸が持ち込むようになり、それらを使った料理が並ぶようになった。
おかげで材料を仕入れる手間が省けて、全体的な経費が大幅に減っている。
死骸を持ってきた冒険者には料理を安く提供するので、お互いに得をしている。
メルの予想通り、魔物料理の店になってしまった。
肝心の味だが、前よりも悪くなっている。
まだ試行錯誤の最中で、失敗することも多いためだ。
さすがに魔物を主食にした経験はないので、色々と探りながら挑戦している。
古書店で見つけた魔物食のレシピなんかを参考に、どうにか改善を目指しているのが最近の日課であった。
味さえ良ければ、誰も材料や質なんて気にしない。
あとは酒と合うかどうかだろう。
メルや他の冒険者の意見も取り入れつつ、俺は気ままに頑張っている。
こういう努力は嫌いじゃないので割と楽しんでいた。
(失敗したところで死ぬわけじゃないからな。傭兵よりもよほど楽だ)
新商品の候補であるゴブリンのスープを開発していると、客の一人がいきなり苦しみ始めた。
その冒険者は床に倒れてもがく。
テーブルをひっくり返して何かを必死に訴えていた。
周りにいた客は怪訝そうにしている。
その時、苦しむ冒険者の口から樹木が生えてきた。
樹木は軋みながら急速に成長し、あっという間に天井に届きそうな高さに達する。
一方で冒険者は干からびていた。
生命力を樹木に吸い取られているのだ。
顎は大きく裂けて喉も限界以上に膨らんでいる。
白目を剥いて気絶しているのは不幸中の幸いだろう。
俺はひっくり返ったテーブルに注目する。
床に散乱する料理の残骸は、干からびた冒険者が食っていたものだ。
迷宮で倒した樹木型の魔物を調理してくれと頼まれたのである。
根菜のような感じで炒め物にしたのだが、それがどうやら不味かったらしい。
やがて冒険者の腹部が破裂した。
そこから幾本もの太い根が飛び出して床に刺さり、がっちりと固定する。
伸びた樹木は天井を突き破って葉を生い茂らせていた。
俺はその光景にため息を吐く。
「あーあ、修理にいくらかかると思ってんだ」
樹木の枝が蠢いて、近くの冒険者を襲った。
反応が遅れた冒険者は胴体を貫かれて宙に吊られ、そのまま干からびていく。
養分を得た樹木はますます活発に暴れる。
店内の冒険者は迎撃を開始した。
迫りくる枝を盾で遮り、剣や斧で切断していった。
しかし、樹木の勢いが衰えることはない。
少し切られたところで枝は無数の伸びるため意味が無かった。
追い詰められた冒険者の一人が魔術を使おうとする。
それを見た俺は、素早く拳銃を構えて発砲した。
弾丸は冒険者の首を的確に貫通し、発動しかけた魔術を霧散させる。
死体は枝に絡み付かれて養分となった。
「おい、火はやめてくれ。大事な店が燃えちまう」
気にせず文句を言うと、冒険者達がこっちを向く。
彼らは一瞬だけ困惑した表情を見せるも、言い返してくることはなかった。