第5話 冒険者は使い捨てに等しい
突然だが傭兵と冒険者の違いについて説明しよう。
俺の前職である傭兵は、戦闘や護衛が主な仕事である。
取得は簡単だが資格が必要なので、国から認められた職業と言える。
扱いとしては最下級の騎士だが、一応は身分証明にもなる。
傭兵は契約を結ばない限り自由の身であり、給料が出ない代わりに行動の制約もない。
実績を重ねることで階級が上がるものの、それは半ば形骸化した制度だった。
傭兵が正攻法で出世する道は閉ざされている。
道があるとすれば、貴族の都合のいい駒になることだろう。
使いたい時だけ臨時で雇われて、気に入られれば長期契約に繋げることができる。
専属の騎士なら待遇も良くなる。
装備類の出費に頭を悩ませて、明日の食事を心配する日々とはお別れだ。
傭兵稼業とは、有力な貴族に取り入るための手段なのだった。
それに対して冒険者は何でも屋に近い。
仕事内容は戦闘や護衛だけでなく、薬草や魔物素材の納品、未開拓地域の調査、街の清掃、荷運びの手伝い等、非常に多岐に渡る。
斡旋された依頼を冒険者が選んで受注する仕組みで、雑用係と揶揄されるほどだった。
冒険者になるにはギルドでの登録が必要だが、国営ではない上に審査は何もない。
つまり登録料さえ払えば誰でもなれる職業なのだ。
当然ながら身分証明にはなり得ず、ならず者と呼ぶべき輩が多い。
ギルドはそういう犯罪者の受け皿的な役割を担う組織なのかもしれない。
世間における冒険者の立場は、傭兵よりも下に位置する。
冒険者というだけで白い目を向けられたり、立ち入りを禁じられる場所もあった。
肩身の狭さはどうしても感じてしまうだろう。
もっとも、冒険者になる利点もある。
迷宮の探索許可が得られるのは最たる例だ。
一攫千金の大逆転を狙うならば、冒険者になるのが手っ取り早いのである。
(そういう稼ぎ方をする奴は、だいたい早死にするけどな)
俺は仄かに腐臭のする魚を切り分けていく。
塩を揉み込むか、度数の高い酒で焼くか、スパイス漬けにすれば臭いは誤魔化せる。
質にこだわらなければ、ギアレスの物価は総じて安い。
料理に必要なものは大抵なんでも手に入る。
たまに毒や違法薬物が混ざるが、そこは大目に見ればいい。
食べるのは俺じゃないから問題ない。
店内の一角では、やけに盛り上がる冒険者の集団がいた。
しきりに他の客に声をかけて何事かを頼んでいる。
どうやら彼らは迷宮の新しい階層に挑むらしい。
未探索の区画は手付かずの宝が期待できるが、その分だけ危険も多い。
だから仲間を増やしておきたいのだろう。
料理の片手間に、俺はその集団を観察する。
見たところ三流揃いといったところか。
魔術師は何人かいるものの、あまり頼れそうにない雰囲気である。
きっと冒険者になったばかりに違いない。
あれでは不意の事態に対応するのは困難だろう。
そばで野菜スープを啜っていたメルは、彼らを指差して呟く。
「三日以内に全滅です。今月のお給料の半分を賭けます」
「おいおい。それじゃあ俺が不利じゃないか。あいつらが生還できるわけないだろ」
「店長なので我慢してください」
「まったく……」
俺は嘆息しつつ、渋々とメルの賭けに乗る。
冒険者の生死予想は近頃の流行りだ。
賭けの対象にした冒険者達には、店への生還報告を頼んでいた。
次回は割引サービスすると言えば喜んで承諾してくれる。
数日後、今回の賭けに使った冒険者パーティは死体で発見された。
俺はその月のメルの給料を増額する羽目になった。