第4話 肉はうまい
メルを雇って数日が経過した。
店の様子に劇的な変化はなく、俺は相変わらず料理を作っている。
この繁盛具合に慣れてきたおかげか、だんだんと手際が良くなりつつあった。
料理の量も過不足なく提供できている。
まあ、ギアレスの食事環境は劣悪なので、廃棄寸前の腐りかけでも文句は滅多に出ない。
その程度で腹を壊す者はおらず、安い金で満足できればそれでいいのだ。
味さえ良ければ……いや、味すら無頓着でも客足は途切れないだろう。
一方、メルには主に接客を任せている。
厄介な客の処理を丸投げできるのはありがたい。
看板娘としての役割も果たしており、酒の売り上げが露骨に伸びていた。
人形のように端正な美貌は、冒険者達を虜にしているようだ。
ただし、メルに下心を出すのは厳禁である。
文字通り命の保証はない。
彼女の尻や胸に触れようとした愚か者は、残らず悲惨な末路を辿っていた。
メルのナイフ捌きは凄まじく、現役の冒険者でも見切れないほどの速さを誇る。
きっと前職は裏社会に関する仕事だろう。
暗殺者とかそういう系統だ。
あえて問いただすような真似はしないが、ヤバい奴だろうなぁとは思う。
食器を片付けていたメルが厨房に戻ってきた。
彼女は目を閉じて口を大きく開ける。
「お腹すきました。お肉ください」
「種類はなんでもいいか」
「高いのがいいです」
「贅沢者め」
要望通り、店で一番高い肉を焼いて口に入れてやる。
メルは目を閉じたまま静かに味わう。
高い肉と言ってもギアレス基準なので大したものではない。
それでも冒険者達は羨ましそうに眺めていた。
俺は店内に響くように告げる。
「良い肉が食いたけりゃ迷宮で調達してこい。どんな奴でも料理してやるよ」
それは冗談半分の挑発だった。
発破をかければ、やる気になった冒険者が頑張って稼いでくると思ったのである。
しかし、実際の反応はまるで違った。
彼らはどの魔物の肉が一番美味いか議論し始めたのだ。
酒を片手に自論と経験則を振りかざして、真剣な話し合いを進めている。
議題はやがて調理方法に移り、より現実に則したものへと洗練されていった。
"ゴブリンの踊り食い"が却下されたところで、俺は髪を掻いてぼやく。
「さっきの失言だったかな」
「だと思いますよ。明日から魔物料理の店になっちゃいますね」
「そうか……」
俺は長机に置かれた料理の山々を見やる。
自分なりに厳選して用意した自信作ばかりだ。
味も値段にしては良いと思う。
ギアレスの中でも最高峰の料理と言えるだろう。
それなのに、迷宮産の魔物料理に切り替えてもいいのか。
店の主人としての矜持に関わる問題である。
俺は真剣に悩み、そして結論を下す。
「材料費が浮くから大歓迎だな、うん」
俺は気にせず食器洗いを始めた。