第36話 女騎士でも慈悲はない
ルシアが起き上がる。
派手に吹き飛ばされて無傷なのは、直前に身体強化を発動していたからだろう。
ただのお貴族様ではなく、相応の実力も備えているようだ。
そこにメルが追撃を試みる。
彼女はナイフを振りかざして跳びかかった。
容赦のない一撃に対し、ルシアは剣での防御を選択する。
刃先を遮ったまま押し退け、力強い蹴りを放った。
メルは身軽に躱してナイフを投擲する。
それをルシアが剣で弾き、弾かれたナイフをルシアが掴んで攻撃に繋げる。
よく見ると、ルシアの剣は風を纏っていた。
それが見かけ以上の攻撃範囲を構築している。
不用意に間合いを詰めれば、瞬く間に切り刻まれそうだ。
メルとルシアによる攻防は次第に激化していく。
ほとんど互角の対決の戦いである。
技量や速度ではメルが優るが、純粋な膂力と武器の性能でルシアが追い縋っていた。
戦い方が大きく異なるため、双方がやりづらさを感じているはずだ。
俺は厨房の端に寄って戦いを見守る。
ここで手出しはしない。
メルが自らやると言ったのだから任せるべきだろう。
いきなり不意打ちをくれてやるほど無粋ではなかった。
客の冒険者達も酒を持ったまま部屋の端に避難している。
一部の人間はさっそく賭けを始めていた。
俺の時はあっという間に決着したので、今度は上手く盛り上げたいのだろう。
ギアレスの住人にとって、本気の殺し合いも娯楽に過ぎない。
賭けで勝った分は、後で店に落としてもらおうと思う。
観戦する冒険者達が唐突にどよめいた。
メルのナイフがルシアの腹を裂いたのだ。
一瞬の隙を狙った凄まじい斬撃だった。
拮抗した実力で明暗を分けたのは、戦闘経験の差に違いない。
メルは殺人術に精通し、立ち回りを深く理解している。
対するルシアもよく鍛えているようだったが、それはあくまでも訓練で培った技術だ。
流派的にも魔物との戦いを想定しており、両者の差は時間経過と共に大きくなったわけである。
さらに無慈悲な追撃がルシアの指を切り落とした。
風の剣が音を立てて床に落下する。
ルシアは手を押さえて飛び退いた。
溢れる血を睨んで眉を寄せる。
「くっ……っ」
僅かな逡巡を経て、ルシアは逃げ出した。
彼女は窓を突き破って外へと消える。
重傷だがすぐに処理すれば命は助かるだろう。
俺は切り落とされた指に注目する。
親指を除く右手の四本だ。
剣士にとってはあまりにも致命的である。
風の剣を拾ったメルは俺のところまで報告に来る。
「店長、勝ちました」
俺は彼女の肩に手を置く。
そして優しく告げた。
「ぶっ壊した厨房は弁償な」
メルは信じられないとでも言いたげに凝視してきた。




