第32話 脳筋量産計画
リターナが自分の身体を見下ろす。
白衣に血と肉片がこびり付いていた。
再生しているので無傷であるものの、その姿は惨たらしいの一言に尽きる。
リターナは肩をすくめてぼやいた。
「やれやれ、我ながら無様な戦い方だよ。不死身に任せた泥仕合しかできないものでね」
どこか不満そうだが、俺からすれば見事な勝利だった。
圧倒的な力の差を覆し、限られた技能で戦いを制したのである。
正直、リターナがここまでやれるとは思わなかった。
彼女は不死身の特性を誰よりも理解している。
苦痛にも慣れており、故に攻防における選択肢の幅が著しく広い。
常人ではとても取れない行動に踏み切れるというわけだ。
その強みがアレックスの暴力を超えたのであった。
リターナは気絶したアレックスのそばに屈み、彼の肉体を調べ始める。
「とりあえずアレックス君の体液を採取しておこう。これは貴重な成分を含んでいる。自分が配合すれば様々な薬に活用できる」
「そいつの治療はしなくていいのか」
「必要ないよ。回復力が常人とは段違いだからね。放っておけば復活するはずさ」
リターナがそう言った直後、アレックスが勢いよく起き上がった。
血を吐きながら満面の笑顔で頭を下げる。
「リターナさん! ご指導ありがとうございます! やっぱり素人の僕では敵いませんね! とても勉強になりました!」
復帰が早すぎる。
ひょっとしてこいつも不死身ではないのか。
元気なアレックスはそう思わせるだけの雰囲気を持っていた。
彼は言葉を失った冒険者達にも感謝を述べる。
「皆さんもご協力くださりありがとうございます! 今後も引き続きギルドの利用をお願いします! では業務が残っているので失礼します!」
アレックスは大股で駆け出して、扉を破壊しながら出て行った。
場には微妙な感じの沈黙が漂う。
俺は扉の修理費を計算しながら皮肉を洩らす。
「冒険者ギルドは安泰だな。あんな化け物が運営がいれば反抗する奴も減るだろ」
「部下の人達は苦労しそうです」
隣に来たメルが小声で反応する。
彼女はアレックスがいなくなったことで安堵しているようだった。
一方でリターナは嬉しそうに腕を回す。
「さて、狂戦士薬の商品化を目指そうか。きっとたくさん売れるよ。迷宮で命を落とす冒険者が減るはずだ」
「どいつもこいつもアレックスみたいになったら困るけどな」
あんな奴が迷宮を徘徊していたら魔物と区別が付かない。
少なくとも街の治安はさらに悪化するだろう。
新たな混沌を予感して、俺は深いため息を吐いた。




