第31話 粘り勝ちにもほどがある
おもむろに間合いを詰めたアレックスは、リターナの右肩と左腕を鷲掴みにして握り潰す。
骨の砕ける音が鳴り、鮮血が飛び散った。
しかしリターナは涼しい顔を崩さない。
「膂力の向上は十倍以上。巨人系統の魔物と同等だね。素晴らしい」
リターナはぺたぺたとアレックスの前腕に触れる。
彼女は感心した様子で頷いた。
「皮膚も硬いね。魔力耐性も高そうだ」
アレックスがリターナを持ち上げて、力任せに地面に叩き付ける。
海老反りで折りたたまれたリターナが連続で踏み潰され、どんどん原形を失っていく。
アレックスの攻撃には一切の容赦がない。
辛うじて意思疎通できていたが、凶暴性を抑えていただけのようだ。
獣のような咆哮を上げるアレックスがリターナを投げ飛ばす。
リターナは回転して宙を舞い、瓦礫の山に突っ込んだ。
首や手足があらぬ方向に曲がっているが、彼女は平然と起きあがる。
己の頭部を掴み、正常な位置に戻してみせた。
そこにアレックスが突進する。
突き出された拳がリターナの腹をいとも簡単に貫通した。
千切れた臓腑が飛び出すも、やはりリターナは他人事だった。
彼女は一連の挙動を分析している。
「動きは鈍重……だけど、これはアレックス君が戦い慣れていないからかな。鍛錬次第でもっと機敏に立ち回れるね」
息を吸ったリターナが、アレックスの顔に血を吹きかけた。
そこから腹を貫く腕にしがみつくと、体重をかけて捻りを加える。
くぐもった音がしてアレックスの太い腕が垂れ下がった。
その拍子にリターナが落下する。
アレックスは腕を見て首を傾げていた。
動かそうとするも僅かに揺れるだけだった。
肘と肩の関節を同時に外されたのだ。
リターナは必要最小限の力でこれをやってのけた。
なかなかの妙技である。
組み技が得意だと聞いていたが想像以上だった。
不死身ありきの戦法ではあるものの、自身の特性に適した技能を習得している点は素直に評価できる。
片腕を外されたアレックスは、構わず猛攻を続けた。
リターナは無防備に破壊されながら何度でも起き上がる。
致命傷もすぐに再生し、何事かを検証していた。
そのうちもう一方の腕の関節も外すと、リターナはアレックスの背中をよじ登った。
彼女は手足を絡めて首を絞め始めた。
「んぐおおおおああぁぁ……ッ!」
アレックスは抵抗しようとする。
しかし、両腕が満足に動かず、リターナを止めることができない。
暴れるアレックスが外壁の結界に体当たりする。
凄まじい衝撃でリターナが潰れたが、彼女は首を絞めるのをやめない。
恐るべき執念を以て苦痛を与え続けていた。
やがてアレックスに異変が生じた。
よろめいて膝をつき、口から赤い泡を噴き出す。
全身は不規則に痙攣していた。
窒息だけではない。
リターナの血の影響だろう。
顔に血を吹きかけられた際、体内に入ってしまったに違いない。
多種多様な薬を服用してきたリターナの体液は、ある種の毒として作用するらしいのだ。
樹木の魔物が栄養にしたがらないので相当なものと思われる。
窒息と血液毒に蝕まれたアレックスはほどなくして気絶した。
地響きを立てて倒れるも、死にそうな兆しはない。
生命力も人外になったようだ。
立ち上がったリターナは優雅に髪を掻き上げる。
「痛覚の麻痺は強みだけど、肉体の損傷を度外視するのは感心しないね。それでは継続戦闘に支障が出てしまう」
屈んだリターナはアレックスの血を舐める。
彼女の目が少し見開いた。
「……摂取した薬品が混ざり合って、新たな効能に変異しているようだね。これは狂戦士薬と呼ぶべきかな。最高だよ、アレックス君」
リターナは狂気的な微笑を湛える。
戦いを見守っていた冒険者達は、何も言葉を発せなくなっていた。




