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第3話 おかしな女が面接希望に来た

 ある日、店に一人の女がやってきた。

 そいつは若い猫の獣人で、使用人のような服を着ていた。

 質素なスカートはどこか重量感があり、歩くたびに微かに金属の擦れる音を鳴らす。

 どうやら武器を隠し持っているようだ。


 まあ、それくらいなら珍しくない。

 ギアレスの治安を考えれば、当然の備えと言えよう。

 俺が気になったのは女の目だ。

 じっとこちらを見つめる瞳は、何か疼きを堪えているかのようだった。


 こいつは、たぶん危ない。

 傭兵として培った直感が告げる。

 店に来る冒険者はどいつも揃って粗暴だが、女は明らかに次元が違った。

 なるべく関わりたくない人種である。


 店内に入った女は、厨房にいる俺の前に歩いてきた。

 他の冒険者達は好奇の視線を注ぐ中、彼女は小首を傾げて尋ねる。


「あなたが店長さんですか?」


「そうだ。何か用か」


 拳銃に手を添えながら訊き返すと、女はいきなり頭を下げる。

 彼女は感情の読めない口調で懇願する。


「ここで働かせてほしいです。お願いします」


 予想外の言葉だった。

 面倒な仕事でも持ち込んできたのかと思った。

 それか暗殺だ。

 命を狙われる心当たりはいくつかあるので、別におかしな話ではない。


 ただ、女の様子を見るに嘘を言っている感じはなかった。

 本当に働きたいだけらしい。


 俺は手頃な椅子を運んで女の前に置く。


「面接希望か。座ってくれ」


 女は素直に腰かけた。

 大人しくしているが警戒心は抜けない。

 油断すると殺されかねない気配だ。


 俺は壁際に寄りかかって面接を開始する。


「名前は?」


「メルです。二十一歳です」


 猫獣人のメルは挙手をして答える。

 その際、耳が小刻みに揺れた。


「なぜここで働きたいんだ」


「迷宮の隣で面白そうだからです。無法地帯って聞いたのです」


「この街はどこもそうだけどな」


 俺は肩をすくめてぼやく。

 ギアレスほど無法地帯という表現が似合う場所は無いのではないか。

 それが迷宮の発生で悪化しているのだから始末に負えない。

 店の秩序が壊滅しているのも仕方ないのである。


 俺は無言でメルを観察する。

 上目遣いに見つめてくる姿は可憐だった。

 看板娘にするにはちょうどいい。

 こういう給仕係がいれば、客も多少は落ち着くのではないか。

 期待できる効果を考えると、採用するのも悪くない。


(一人くらい雇う余裕はあるが……)


 店が繁盛しすぎるせいで純粋に人手不足なのもあった。

 もう少し忙しくなったら従業員を募集しようと思っていたのだ。

 メルが手伝ってくれるだけで大いに助かる。


 様々な利点を思案しつつ、俺は新たな質問を投げる。


「何か特技はあるか」


「肉を綺麗に切ることです」


 メルが自信満々に即答し、胸元に両手を突っ込む。

 取り出されたのは計八本のナイフだった。

 指の間に挟むことで器用に保持している。

 あまり手入れされていないのか、どの刃にも血がこびり付いていた。


 その時、メルの背後で怪しい動きをする冒険者がいた。

 赤ら顔のそいつは、服の上から彼女の尻を撫でようとする。

 酔っ払いが女体の誘惑に負けたのだ。

 俺は黙って成り行きを見守る。


 刹那、メルが椅子から立ち上がってナイフを振るった。

 尻を目指していた腕が断ち切られて宙を舞う。

 メルが高速でナイフを往復させると、腕は細切れとなって床に散った。


 一瞬で腕を失った冒険者は困惑して声を上げる。


「お、お……おああああっ!?」


 冒険者は激昂し、メルに掴みかかろうとする。

 無論、それが愚かな行為であるのは言うまでもない。


 メルは優雅な動きで右手のナイフを一気に投げる。

 ナイフは冒険者の胸や腹に突き刺さり、苦痛で動きを鈍らせる。

 その隙にメルは接近し、左手のナイフで首を刎ね飛ばした。


 回転する生首は、ボウルに持ったサラダの上に着地する。

 一部始終を目撃した客達は、静寂を挟んでから熱狂の声を張り上げた。

 迫力のある芸に感激しているようだ。


 鳴り止まぬ歓声も気にせず、メルは俺に確認する。


「どうですか。ここで働かせてもらえますか」


「よし、採用だ。これからよろしくな」


「やったー」


 メルは無表情のまま喜ぶ。

 なんとも奇妙な女だが、まあこういう性格なのだろう。


 とりあえずこの喫茶店に従業員が増えた。

 それは良いことだ。

 俺の負担が少しでも減ることを祈っている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 血なまぐさい従業員ですね [気になる点] 続き楽しみにしてます
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