第2話 迷宮喫茶は繁盛する
迷宮――それは空間の歪みから発生する特殊な場所だ。
突拍子もなく出現し、そこに根を張って成長する。
広大な内部には金銀財宝が眠り、それらを守るように魔物もいる。
迷宮出現の原理は不明で、謎の多い現象とされている。
ここで重要なのは、迷宮が経済的に莫大な利益をもたらすという点だ。
貴重な資源や古代の魔道具がたくさん出てくるため、それらに釣られた人間が集まってくる。
人が増えれば様々な店も建ち始める。
需要と供給は際限なく高まり、迷宮周辺の環境は飛躍的に発展していく。
ようするに迷宮が出現するだけで凄まじい恩恵が生まれるわけだ。
そして、俺の店の隣には迷宮がある。
昼夜問わず繁盛するのは自然の摂理とも言える結果であった。
俺は厨房で料理を作る。
その間、客席では冒険者達がひしめき合っていた。
好き勝手に酒を飲み、笑って大騒ぎしている。
見知らぬテーブルが増えているのは、誰かが無断で持ち込んだせいだろう。
厨房のそばには長机があり、大皿に盛られた料理と酒が並べられている。
ここから客が欲しい分を取り、代金を置いていく決まりにした。
立食形式と言えば想像しやすいだろうか。
雪崩れ込む注文を回し切れなくなった結果、このような方法で辛うじて耐えている。
出来上がった料理を大皿に盛りつつ、俺はため息を洩らす。
(こんなはずじゃなかったんだがな……)
喫茶店を始めて三十日ほどが経過したが、予想とは異なる状況になっている。
もっと退屈で、のんびりと過ごすつもりだったのだ。
赤字の月があってもいい。
気まぐれに献立を考えて、数人の常連相手と世間話を楽しむ。
俺はそういう雰囲気を望んでいた。
しかし、実際は多忙を極めた日々を味わっている。
迷宮目当てでやってくる冒険者が押し寄せてくるのだ。
店を閉じていても平気で侵入してくる辺りは、さすが混沌都市ギアレスといったところか。
おかげで睡眠時間を削りながら営業せざるを得ない。
早くも閉店したい衝動に駆られる始末だった。
内装の破損も悪化し、壁や天井の穴が増えている。
どれも酔った冒険者がやったのだ。
修理しても追いつかないので諦めている。
食器洗いをしていると、店の真ん中で殴り合いが始まった。
便乗して賭け試合も実施されている。
あれも放置だ。
もはや見慣れた光景である。
割られた皿の弁償だけ考えておけばいい。
小さく嘆息する俺の前に、一人の客がやってきた。
禿げ頭の大柄な男だ。
腰には手斧を吊るしている。
男は苛立った様子で要求を告げる。
「不味い料理だ。こんなものに価値はない。金を返せ」
あまりにも典型的な文句だった。
しかも引き下がる気はないようで、殺気を隠さず凄んでくる。
指は片手斧に触れており、いつでも掴めるようにしていた。
俺は食器洗いを中断して対応する。
「金は返さない。文句があるなら出て行ってくれ。二度と店に来るな」
「こ、この野郎ッ」
男が手斧を握ろうとした。
俺は腰のベルトに差した拳銃を手に取って撃つ。
腰だめの二連射は男の腹と胸に穴を開けた。
「おっ、おぉ……」
男は信じられないとでも言いたげに呻いて倒れる。
俺はその顔面にもう一発ぶち込んだ。
額から血を流す男はそれきり動かなくなる。
刹那、店内で喝采が沸き起こった。
冒険者達は拍手と指笛で喜びを示す。
こういう荒事が好きな連中ばかりなのだ。
俺は死体から金だけ拝借し、近くの客に指示を出す。
「店の外に転がしといてくれ。人肉好きが持っていくだろう」
「へい、了解っす!」
数人の客が死体を引きずっていく。
その際、金になりそうな所持品はしっかりと剥いでいる。
外へ放り出される段階で、死体はほとんど裸になっていた。
(まったく、どいつも狂ってやがる)
内心で愚痴りつつ、俺は追加の酒と料理を準備する。
この街の治安はすこぶる悪く、迷宮の発生により拍車がかかった。
生きていくには順応するしかないのだ。
毎日のように死人を出しながらも、俺は喫茶店を営業している。