第16話 毒を以て毒を制したいけど無理かもしれない
店に血だらけの冒険者が次々と運び込まれる。
既に二十人以上が横たわっている。
罠で被害が出たとのことだが、一体どれだけの仕掛けだったのか。
おそらくは一つの階層全域に影響を及ぼすものだったのだろう。
死体となって放置されている者も多いはずだ。
俺は近くに置かれた冒険者を見る。
腹からナイフが生えていた。
衣服をめくると、刃が深々と突き刺さっている。
下手に引き抜くと不味そうだ。
ぐったりした冒険者の頬を叩いて声をかける。
「おい、しっかりしろ。寝るなよ」
反応はない。
うっすらと目を開いた冒険者は微かに呼吸を繰り返している。
今にも死にそうな様子だ。
俺はそいつの傷口に酒をこぼす。
冒険者は激痛に悶絶した。
「いぃッ!?」
「生きてる証拠だ。頑張りな」
俺は冒険者に酒瓶を握らせて励ます。
その間に追加の負傷者が運ばれてくる。
もう店内は満員に近く、やむを得ず二階や倉庫も使うしかなかった。
室内が瞬く間に血生臭くなり、呻き声や泣き声が連鎖する。
俺は客に呼びかける。
「魔術で治療できる奴はいるか。金は払うから手伝ってくれ」
協力的な冒険者が名乗り出たが、その数は少ない。
渋っているわけではない。
単純に魔術師の数が少ないのである。
治療までやれる者なら、もっと良い仕事ができるだろう。
そういった技能を持たない冒険者も、手分けして負傷者の処置を行っていた。
熱した針で傷を縫合したり、薬草を調合した回復薬を飲ませている。
荒療治だがそれでもやらないよりはいい。
(酷い傷だ。大半は助からないだろうな)
俺は棚から包帯を取り出しながら店内を見回す。
ここから劇的な治療は困難だ。
国が抱える専門の治療術師がいれば解決するが、生憎とそんな都合の良い存在がいるはずもない。
場には諦めの空気が漂っている。
助けるのは無理だ。
大量の死体を埋葬する場所を考える方が賢明ではないか。
そんな思考が過ぎった時、リターナが発言する。
「お困りのようだね。人手が必要じゃないかな?」
「黙ってろ」
「君は戦場慣れしている。今のままでは駄目だと分かっているはずだ。助かるのは……多く見積もっても十人くらいかな」
リターナは冷静に述べる。
彼女の指摘は的確で、俺も同意見であった。
「ここに優秀な医者がいるよ。損得勘定で考えるといい。どうせ死ぬのなら、自分に任せるべきだと思わないかい?」
「…………」
俺は黙り込む。
店内の喧騒を意識の外に追いやり、この場における最適解を考える。
逡巡は一瞬で終わった。
俺はリターナを指差しながらメルに指示をする。
「あいつを下ろしてくれ」
「いいの?」
「構わない。余計なことをしたら撃ち殺すだけだ」
メルは軽やかに跳躍し、リターナを吊る鎖を外した。
落下したリターナは顔面を床に強打するも、何事もなかったかのように立ち上がる。
俺は彼女に念押しで警告する。
「傷を治すだけだぞ」
「分かっているよ」
リターナは髪を後ろで結びながら微笑む。
涼やかな雰囲気を纏う彼女にとって、この地獄絵図すら興味の対象に過ぎないらしい。




