第15話 異常が店に馴染みすぎている
スケルトンの残骸を素揚げにしていると、頭上から声がした。
「魔物が給仕をするなんて、風変わりな店だね。冒険者が通うのも納得だよ」
涼しい顔で語るのはリターナだ。
彼女の足は床に着いておらず、左右に揺れていた。
首には鎖が巻かれて、端が天井に固定されている。
つまり彼女は首を吊っているのだ。
俺は真顔で指摘する。
「一番風変わりなのはお前だよ」
「この状態にしたのは君だろう。まったく、酷い扱いだね」
「当然の罰だ」
軽い抗議を聞き流して料理を再開する。
リターナを拘束するにあたって、俺が閃いた案は首吊りだった。
当初はロープで縛って床に転がしていたのだが、それでは不十分と判断したのである。
彼女は死なないので遠慮は不要だ。
万が一にも逃げ出さないようにしなくてはならない。
首吊りの他にも、手足をロープで固定して余計な動きを取れないようにしていた。
心臓には杭を打ち込み、魔力の生成や術の行使を阻害している。
身体検査で何も隠し持っていないことは確認済みで、もはや自力での脱出は不可能だろう。
それでも思わぬ手段を秘めている可能性もあるため、常に気を抜かずに見張っている。
既にかなりの時間を首吊りで過ごすリターナだが、驚くほど平然と振る舞っている。
曰く、あらゆる苦痛を経験済みで、そういった感覚に慣れてしまったらしい。
普通に居眠りしていることもあるので強がりではなさそうだ。
リターナは申し訳なさそうに笑う。
「トロールの一件は反省したよ。だから自分をここで働かせてほしい」
「どうしてそうなる」
「この店に興味が湧いたのさ。元々、迷宮の調査も兼ねてしばらく滞在するつもりだったからね。贖罪の意味でも貢献したいと考えたんだ」
リターナは店内を見渡して目を輝かせた。
興味があるのは本心なのだろう。
貢献する気持ちがあるのも知っている。
樹木から出る液に魔力耐性の効能があると気付いたのはリターナだ。
吊られた彼女は、枝から垂れた液を舐めただけで言い当てた。
味覚と肉体に生じる変化で分かったのだという。
間違いなく狂った女だが、薬学に関する技能は一級品と言える。
「というわけでどうだろう。無給でもしっかり働かせてもらうよ」
「駄目だ。お前は信用できない」
「ふむ。君は用心深いね」
「当然の注意を払っているだけだ」
そんなやり取りをしていると、店の外から人々の怒声が聞こえてきた。
この街では珍しくないことだが、いつもより切迫しているような気がする。
ちょうど慌ただしく入ってきた冒険者がいたので俺は尋ねた。
「何の騒ぎだ」
「迷宮で大規模な罠が発動して、大勢の怪我人が出たんだ! ギルドに運搬中だが間に合っていなくて……」
「分かった、店にも連れてこい。応急処置くらいしよう」
俺は店内の客に指示を出してテーブルを端に寄せる。
負傷者を寝かせるスペースが必要だろう。
水が入った大鍋を火にかけて熱湯を用意しつつ、消毒と鎮痛に使えそうな酒も並べておく。
冒険者ギルドには後で諸々の費用を請求するつもりだ。
善意だけで助けるほど俺は甘くない。
店内に運ばれる冒険者を寝かせていると、リターナが静かに主張する。
「治療なら自分の専門分野だ。手伝わせてほしい」
俺は無視して処置を始めた。




