第14話 異常が店に馴染んでいる
トロール騒ぎから半月ほどが経過した。
店は相変わらず繁盛している。
もはやあの程度の騒ぎで客がいなくなることはないのだ。
誰もが慣れ切っており、負傷したり死ぬのは自己責任という認識が浸透している。
冒険者の間では、この店も迷宮の一部と見なされているらしい。
店主として抗議したいところだが、危険度を考えるとあながち間違った解釈でもない。
数日に一度は誰かが死んでいるのだ。
そんな場所を普通の喫茶店と呼んではいけないと思う。
客も狂った雰囲気を楽しんでいる節があるので、俺も評価を受け入れていた。
あのトロールにぶっ壊された壁や床は、街で拾った瓦礫や廃材で修繕している。
見た目は不格好だが、別に困ることはない。
元から廃墟同然の建物だったのだ。
破損個所が増えたところで大した差はなかった。
店の一角では、樹木の前に客が列を作って並んでいる。
先頭の冒険者が空のジョッキを掲げると、そこに枝から垂れた液体が注がれる。
ジョッキの半分ほどが埋まると、冒険者は礼を言ってから席に戻り、受け取った液体を飲み干す。
苦そうな顔をしているが、それ以外に異常はない。
いきなり樹木が生えてくるようなことも起きなかった。
あれは最近始めた新しいサービスだ。
樹木から流れる液体を飲むと、微弱な魔力耐性を獲得できるのである。
効果は三日ほどで切れるものの、迷宮探索において大きな武器となり得る。
魔物の攻撃を弱められるので冒険者からの評判は上々だった。
当初は樹木の罠かと思ったのだが、特にこれと言った健康被害は聞いていない。
むしろ以前より元気になったという報告があるほどだ。
迷惑行為を働いた客に飲ませて放置してみても、やはり何事もなかった。
店に生えた樹木は、すっかり従業員のような振る舞いを見せる。
魔力耐性のサービスもそうだが、後片付けや喧嘩の仲裁も請け負うようになった。
主な仕事はメルの補助だ。
忙しい時間帯は枝を伸ばして業務の消化に貢献している。
客の冒険者にも気に入られており、土産とばかりに魔物の死体を貰っていた。
いつかまた暴走するのではないかと疑っているが、その兆候は未だ感じられない。
本当に改心したのだろうか。
それとも、成長するのに最適な環境を維持するために従順になったのか。
何にしても樹木の存在が客寄せになっているので容認している。




