第103話 店は善意で回る
気を取り直したノエルは、肩掛けの鞄から資料を取り出した。
それを俺に見せながら説明をする。
「国境付近の隣国軍は撤退を始めました。ソグの失敗を受けて、強硬策は難しいと判断したようです。辺境伯が復活したことで、新たな講和条約についても円滑に進みそうです」
「そりゃよかった。これを機にもっと守りを固めようぜ」
「はい、重々承知しています。今度こそ、辺境伯の力を借りずに渡り合えるように精進するつもりです」
「うむうむ。良い心がけじゃな」
後ろで辺境伯が満足そうに頷いている。
そもそも自分が身勝手な真似をしたのが発端であると理解しているのだろうか。
人間の寿命とは比較にならない年月を生きているので、たぶん感覚や価値観が全く違うのだろう。
生来の図太さも相まって、説教したくらいでは治らないと思う。
それでも何も言わないでいるほど我慢強くない俺は、一言だけ文句をぶつける。
「いい加減、俺のことは諦めてくれよ」
「それは嫌じゃ。お主はワシの夫になるんじゃぞ」
「おい、秘書。まずはこいつの頭をどうにかしてくれ」
文句の矛先をノエルに変えてみたが、彼は曖昧な笑みで誤魔化した。
そして、足早に店を出て行ってしまう。
辺境伯はそれについて行った。
ソグとの対決後、辺境伯は店と別荘と行き来するようになった。
職務に復帰しつつ、自分が不在でも運営できるような体制づくりを目指しているらしい。
俺としては迷惑さえ被らなければそれでいい。
二人がいなくなった後、騎士団長ダウスが店に来た。
彼は気さくな調子で声を挨拶してくる。
「おっす。席は空いてるかい」
「一人なら問題ない。仕事帰りか?」
「いや、休憩だ。これからまだ仕事がたんまりとある」
ダウスは億劫そうに座った。
ノエルほどではないが疲れが見える。
隣国との騒動は、騎士団が無視できない事案である。
現地の責任者として後処理が舞い込んできているのだろう。
「酒はどうする。迷宮酒にするか」
「あんなものを勧めるなよ……というか勤務中は飲まない主義だ。適当に料理だけ貰う」
ダウスに料理を提供しつつ、店内の端を一瞥する。
そこでは彼の部下達が細部の補修を行っていた。
第三騎士団は突貫工事を手伝ってくれた。
こうして営業再開できたのは、彼らの活躍が大きい。
今も残る作業を行ってくれている。
本人は言わないが、ダウスが気を利かせて命令しているのだろう。
実にありがたいことであった。




