第10話 変な客が来た
樹木の魔物の騒動があったものの、客足は一向に途絶えない。
たまに似たような食中毒が起きるが、それは自己責任という空気ができていた。
冒険者も自主的に毒抜きや加熱を施してから素材を提供するようになり、お互いに得をする関係を構築しつつある。
最近では市場で材料を買うことがなくなり、ほとんど魔物素材だけになっていた。
店としては黒字が増えたので助かっている。
従業員のメルもよく働いていた。
要領が良いので、混雑時でも問題なく給仕をこなしている。
冒険者同士の喧嘩も任せることができるため安心だ。
むしろ当事者達が彼女に殺されないように配慮しなくてはいけないほどだった。
迷宮の探索も進んでいるらしい。
新たな階層の情報や地図が出回っているようだ。
発掘された魔術武器も競売に出されたそうで、街は一層の盛り上がりを見せている。
迷宮の規模はそれぞれ異なるが、ギアレスに発生したものはおそらく最大級だという。
街の発展はまだまだ続きそうである。
そんなある日、俺は客の中に変わった女を見つけた。
透明感のある紫色の長髪の美女だ。
薄汚れた白衣を着ており、人食い魚の煮付けを黙々と口に運んでいる。
所持品は鞄くらいで武器は持っていないようだ。
たぶん冒険者ではない。
魔術は使えそうだが、雰囲気からしてただの魔術師とは違う。
どちらかと言うと研究者に近いのではないか。
総じてこれから迷宮を潜る人間とは思えなかった。
料理の合間に観察していると、女が立ち上がって近寄ってくる。
彼女は何気ない様子で話しかけてきた。
「何か用かな。じろじろと見ていたが」
「冒険者ではない客が珍しいと思っただけだ。気に障ったのなら謝る」
「別に構わないよ。そんな風に誤魔化さなくてもいい。誰だって美人に注目してしまうものだからね」
女は得意げに微笑する。
俺が見とれていたと勘違いしているらしい。
なんとなく癪だが、いちいち指摘するのも情けない気がした。
咳払いをした女は握手を求めてくる。
「こんにちは、店長さん。自分の名前はリターナ。各地を旅しながら医者をやっている」
「俺はグレン。元傭兵だ」
食材を切りながら名乗る。
握手には応じない。
白衣の女リターナは、気を悪くした様子もなく話題を変えた。
「ところでグレン。この店に医者は必要ないかな。よければ雇ってほしい」
「唐突だな。仕事なら近所のギルドで貰ってこい。即戦力になるなら歓迎されるだろう」
「それじゃ駄目なんだ。生憎とギルドには嫌われていてね。要注意人物と見なされているんだよ。おかげで近寄っただけで警戒されるんだ」
苦笑するリターナが肩をすくめる。
彼女の話を聞いた瞬間、俺は警戒心を一気に強めた。
腰に吊るした銃の重みを自然と意識する。
(ギルドが要注意人物に指定するはよほどの奴に限る……関わるべきではなさそうだ)
俺の心情をよそに、リターナは気楽なものだった。
彼女は世間話でもするように嬉々と語る。
「迷宮は素晴らしい。冒険者の負傷が絶えないから医者の需要がとても高い。己の才能で人助けをするなら最適な環境だよ」
「慈善事業でもしたいのか」
「まあそうだね。対価はあまり求めていない。患者の笑顔が見られれば満足さ」
リターナは爽やかな笑みを見せる。
一見すると善人だが、ほぼ間違いなく気のせいだろう。
彼女の目が映す爛々とした輝きは、優しさや献身といった概念から逸脱していた。




