第1話 店の隣にダンジョンがある
俺が傭兵稼業を引退したのは、それなりの金が貯まったからだった。
当分は食うに困らず、これといった未練もない。
そもそも戦いが好きなわけではなかった。
自らの才能と稼ぎの効率を照らし合わせた結果、傭兵に向いていると思っただけである。
俺は財産を抱えて生まれ故郷へと舞い戻った。
混沌都市ギアレス――悪党と犯罪だらけの最低な街だが、なんだかんだで気に入っている。
どこの国からも見放されているので税金という概念もなく、物価も面白いほどに安い。
それでいて金さえあれば、どんな物だって手に入る……合法も違法も関係ない。
他に行き場のない俺にとって、ギアレスへの帰郷は当然の流れだった。
俺は都市の中央部にある一軒の建物を買い取った。
元は大衆食堂だったであろうそこで、新しく喫茶店を始めるためだ。
喫茶店にした理由は特にない。
前から漠然と自分の店が欲しいと考えており、それでなんとなく決めただけである。
仕入れ次第で酒も出すだろうから、実際は居酒屋に近いかもしれない。
まあ、細かいことはどうでもいい。
とにかく俺は喫茶店を開くことにした。
形ばかりの土地の権利書を手に入れて、勝手に住み着いていた浮浪者どもを追い出す。
あとは室内の掃除を済ませ、開店に必要な物を市場で買い揃えれば完成だ。
店の中も外も廃墟のようにボロボロだが仕方ない。
大工が見つからず、改築の目途がまだ立っていないのである。
この辺りはいずれ解決するつもりだ。
何より現在の外観もギアレスの雰囲気に合っているではないか。
そう考えると、この苔臭い空気さえも悪くないように思えてくる。
開店初日、俺は清々しい気分で朝を迎える。
何やら外が騒がしい。
ギアレスでは争い事なんて日常だが、それにしても盛り上がりすぎだ。
ひょっとして、開店前から客が並んでいるのか。
宣伝前から人気なんて幸先が良い。
そんな淡い期待を抱く俺は、窓の外の景色を見て固まる。
店の屋根を削るような距離に石造りの遺跡がそびえ立っている。
昨日までは空き地だったというのに。
外の喧騒はその遺跡の前にいる人々によるものだった。
彼らは興味津々といった様子で遺跡の中を覗き込んでいる。
俺は何度か瞬きをした。
コップに入れた水を飲み、改めて窓の外を見やる。
遺跡は変わらず君臨していた。
どうやら隣に迷宮が生まれたらしい。
念願の喫茶店経営は、平凡から逸脱した始まりになりそうだ。