幸せのために(エド視点)
「たっく……いつまでかかるんだよ!!」
「ひっ!! すみません!!」
エドは怒り心頭になりながら、馬車の壁を殴る。
ガタンと車体が揺れ、御者は体を震わせた。
「もっと馬にムチを打て! 走らせるんだ!」
「しかしっ! これ以上馬に無理をさせると限界が来てしまいます!」
「限界までやるんだよ! それがお前の仕事だ!」
「そ、そんな……」
御者はエドの一声に息を潜めながらぼそりと呟いた。
手綱を握っている力が弱まってしまう。
ちらりとエドはそれを確認した後、面倒くさそうに背もたれに体重を預けた。
「あとどれくらいだ?」
「もう少しです……なので落ち着いてください!」
「落ち着いてるっつうの! お前が騒がしくしているだけだろ!」
「そんなわけっ!」
「ああ!? なんか文句でもあんのかよ! ええ?」
小窓からナイフを突き出し、御者の首元に当てる。
ヒヤリとする感触に御者は再度体を震え上がらせ、手綱を強く握りしめた。
少しの間エドはナイフの刃先を当てた後、満足したのか椅子に座る。
「アルト伯爵領……ケネスの野郎はどういう目的でそこへ向かったんだ」
「分からないわ。追放された身だから、私達が活動する場所から離れた辺境に向かうってのは理解できるけど」
「でも情報を探った限りでは、ケネスは各地で活躍しているって聞いたよな。さすがにデマだとは思うが……にしても証人が多すぎる」
「一概にデマだって片付けることはできないかもね。神々の迷宮攻略はさすがに噂だと思うけど、活躍しているってのは本当かもしれない」
「あの器用貧乏がね……クソ。しかし……僕たちの評価が下がっている今、本当にあいつの価値が高かったことが証明されかけているってのが腹立たしい」
エドは拳を握りしめ、膝に打ち付けた。
事実、あいつの影響は大きかった。
自分たちパーティーの評価は、彼が脱退した後に著しく下がったのは事実である。
その失った評価を取り戻すために、自分たちは……。
「クソが……! 僕たちの方が優れているはずなのに。あいつはただの器用貧乏なだけだったはずなのに!」
「まあいいじゃない。連れ戻して、もう一回利用すれば」
「そうだけど……なんだかな」
「エドもそれで納得したでしょ? 名誉を挽回するためと思ってね?」
「……分かってる」
「それに、私たちの幸せな生活のために。ほら、ケネスを利用してもう一回お金稼いでね。いっぱい幸せな生活を送ろうよ」
「そうだな……あいつをとことん利用して、絞りに絞って……僕たちの平穏を取り戻す」
エドたちは決意めいた表情を浮かべて、お互いコクリと頷いた。
「そろそろ着きます! は、早く降りる準備をしてください……!」
「うっるせえな! 分かってるつうの! んで、お前は俺たちが向かった後も絶対待ってろよ! 逃げたら承知しねえからな!」
「分かってます! 分かってますって……!」
エドは嘆息し、ちらりと外の景色を見る。
ここが、アルト伯爵領。
ケネスがいるであろう街か。
「すぐだ。すぐに決着はつけてやる」