お前が勝てる確率はゼロだ
俺が目で合図を送ると、ゴーレムが大きな体を動かし始める。
あんな巨体が動くなんて、まるで魔法みたいだ。
まあ、魔法なんて飽きるほど見てきたが。
『やっちゃえ。ゴーレムくん』
ケミストの声と同時に、ゴーレムが地面を揺らしながらこちらに駆けてくる。
剣を構え、精神を研ぎ澄ませる。
相手は一撃で決めに来るはずだ。
巨大な体躯に合わせて生成された大剣を薙ぎ払い、俺を消し炭にしようとしてくるだろう。
ならば、俺はその一撃に全力で耐えてみせようじゃないか。
ゴーレムが距離を詰めてきて、もう目の前にまでやってきた。
そして、大きく剣を振りかぶる。
風を切り裂く音が響きながら、剣先が俺の胴体へと向かってきた。
「ケネス!!」
「あ、ああ……! 今すぐにバフを――」
轟音が響き、火花が飛び散る。
衝撃波が周辺に飛び散り、壁がミシミシと歪んだ。
『ほほう……』
俺は相手が放ってきた一撃を、ギリギリのところで剣で防いだ。
あまりにも一撃が重すぎて、肩が外れるかとも思った。
けれど、これくらいの攻撃じゃあ俺は倒れない。
オッサンは経験が豊富なんだ。
こんくらいじゃあ、倒れたりはしない。
「甘いな……岩野郎が」
自分の剣に左手を添え、風属性の魔力を注ぎ込む。
「風の魔力は怖くないか?」
俺の剣を伝い、魔力が相手の大剣へと移ろいで行く。
ゴーレムの腕へと到達したのか、ガクガクと体を震わせながら前進へと波打ち始める。
耐えきれなかったのだろう。
大剣から手を離して、勢いよく距離を取った。
「神様は学んでいないのか? 属性単体だと、こういう場面で弱くなるって」
『……煽るねぇ』
「そりゃ、人間だからな」
しかし、これくらいではゴーレムも負けないのだろう。
離れた剣が浮かび上がり、すぐに手元に戻っていった。
ケミストの腕がゴーレムに近づいて行き、また何か仕込み始めた。
『なら……これならどうだい。色々と付与してみた。少しやりすぎかもしれないけどね』
ゴーレムの剣が輝きを帯び、魔力が一気に増幅したのが分かった。
「卑怯だな。今はタイマン中だぞ」
『実験中でもあるからね。色々と試しておかないと、だからさ』
全く、都合のいいやつだ。
この神様は卑怯にもほどがある。
これで神の名を語るなら、そこらの人間は地に突っ伏して泣き叫ぶだろう。
俺だってこんなのを信じていたって事実が分かれば、これまでの自分が馬鹿らしくて笑えねえ。
ま、俺は神様なんて端から信じてなかったが。
『もう一発だ、ゴーレムくん。やりたまえ』
「もう一発か。一度負けたような物なのに、もう一発チャレンジするのか」
分かった。
受けて立とうじゃないか。
「岩野郎。お前がこのタイマンに勝てる確率はゼロだ」
どれだけ強力になろうとも。
どれだけ姑息な真似をしてこようとも。
もう、俺に勝つことなんてできない。
相手が動き始める。
先程とは違い、更に力を付けたからか体全体から自信のようなものを感じる。
ゴーレムにも思考能力があるのか。
はたまた神様が生み出したものだから心が宿っているのか。
んなもん俺には関係ないが。
神様が生み出そうが、所詮相手は魔物であり。
そして者ではなく物だ。
俺はただ――全力で斬るだけである。
光り輝く大剣が、今度こそ俺を倒そうと迫ってくる。
しかし無駄だ。
もう全て見切っている。
俺はただ、剣を構えるだけだ。
大剣が俺の剣に直撃し、衝撃が体全体に走る。
光り輝く大剣からは、強大な魔力を感じる。
完全に俺を倒そうとしているのだろう。
「これくらいで、俺を倒せるわけがないだろう!!」
剣を振るうと、相手の大剣にヒビが入る。
そして、音を立てながら破壊されていく。
俺は一歩バックステップを踏み、そして相手へと向かって駆ける。
壁を蹴り飛ばし、剣を突き立てた。
ヒビの隙間に剣が入り込み、胴体を破壊していく。
最後には俺の剣は地面に到達し、顔を上げる頃にはゴーレムはただの岩になっていた。
『……渾身の作品だったんだけどなぁ』
「今回の実験とやらは俺の勝ちらしい」
ふうと息を吐いて、俺は剣を鞘に収める。
ユウリさんの方に駆け寄ると、彼女は目を覚ましている様子だった。
呆然と俺のことを眺めている。
「ケネス……そうか。君が来てしまったかのか……」
ユウリさんは何故か、唇を噛み締めながらこちらを見ていた。
拳をぎゅっと握りしめ、どこか悔しげに。
やはり……何かあったか。
「私は、負けたのだな」
俺はひとまず彼女の体が無事かどうか確かめる。
一応立ててはいるな。
それに意識はしっかりしている。
状態は多分問題ないだろう。
「……君は、こんな私の体の心配をするのか」
「当たり前じゃないですか。一体何があったんです、どうして黙って神々の迷宮なんかに――」
尋ねようとした瞬間、ケミストが間に入ってきた。
そしてパチパチと手を叩き始める。
『感動的再会だ。さあ、じっくり話したまえ。僕は邪魔なんてしないよ』
「もう十分邪魔してるっつうの。気を使ってくれるなら少し離れてろ」
『ははははは。仕方ないなぁ』
ケミストが距離を取るのを確認した後、再度俺は尋ねる。
「ユウリさん。どうして黙って神々の迷宮なんかに挑んだんですか」




