勝手にゾクゾクしとけ
『ふはははは! それでこそだよケネスくん! 僕も嬉しくなっちゃうな!』
嬉々とした声音が迷宮内に響く。
本当にこいつは面倒くさい相手だ。
性格も終わっているし、こいつが神様だなんて人間が知ったらどう思うだろうか。
まあ、そっちの方がこちらとしても殴りやすいから助かるんだが。
「お前と遊ぶのは少し先だ。怯えながら見守ってろ」
『ああそうするさ! 楽しみだなぁ、僕が作った魔物をどう対処するんだろう……ゾクゾクするね』
「勝手にゾクゾクしとけ。二人とも、奥へ進むぞ」
「了解」
「分かりました」
前へと進むと、ケラケラと笑い声を発しながら腕は消えた。
悪趣味だ。本当に趣味が悪い。
迷宮内を見ながら、俺は嘆息する。
「足元気をつけろよ。家具や玩具みたいなので埋め尽くされているんだ。床だと思っていたら怪我するぞ」
「もちろんです。こんな歪な空間……ユウリさんは大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫だって信じるしかない。あいつは保護したって言っていたんだ。信用できるかは知らんが、言い方的に事実である可能性の方が高い」
喋り方から何まで、信用に値する人物だとは思えない。
が、今の俺たちはそれを信じることしかできない。
にしても……どうしてユウリさんは俺たちを置いて一人で迷宮に挑んだのだろうか。
死ぬ確率が高いってのは誰だって分かっていることだと思う。
それを踏まえた上で、彼女は挑んだと認識している。
しかし……やはり自分の中で納得がいく答えが出てこない。
ともあれ、今は前に進もう。
んで、直接聞くしかないだろう。
「本当に足元が悪いわね――きゃ!?」
俺が先頭で進んでいると、唐突に背後からリリーの悲鳴が聞こえてきた。
同時に、迷宮内がミシミシと震えた。
「どうした!?」
振り返ってみると、リリーが観葉植物のツタに足を掴まれていた。
植物には巨大な口がぱっくりと開いており、リリーは足を掴まれて宙に浮かんでいた。
「なんだよこれ……!」
俺は咄嗟に剣を投げる。
投げた剣はダイレクトにツタに当たり、斬り落とした。
「わわっ!」
リリーは落下し、尻もちをついた。
どうにかキャッチしてやりたいところだったが、距離があったため不可能。
これに関しては申し訳ない。
「カレン!」
「《神域・物理強化》ッッッ!!」
バフが付与されたのを確認した後、俺は床を蹴り飛ばす。
ギシンと床がひび割れ、体が一気に加速した。
浮かび上がり、巨大な観葉植物にめがけて腕を引く。
「よくも仲間を喰らおうとしてくれたな!!」
神域の強化が付与された『殴り』を植物にぶっ放す。
衝撃波が迷宮内に響き渡り、ミシミシと家具たちが軋む。
そんな一撃を観葉植物が耐えきれるわけもなく、花の部分から思い切り吹き飛ばされた。
頭をなくした観葉植物は、しかしそれでもこちらに攻撃を仕掛けようとしてくる。
「女の子の足を掴んでただで済むと思わないでね!」
体勢を立て直したリリーは拳銃を構え、植物に弾丸を乱打した。
その隙に俺は駆け、壁に突き刺さっている剣を引き抜く。
向こうは植物だ。
ならこっちがすることなんて決まっている。
剣に炎属性の魔力を付与する。
……いや、リリーを痛い目に合わせたんだ。
もっととびきりのやつを。
自分が持つ魔力を炎へと少しずつ変換する。
遂には剣に炎がまとい、ギラギラと燃え盛った。
「これくらいでいいよなぁ! リリー! 最後に一発、とびきりに銃弾を撃ち込め!」
「もちろんよ! 穿て!」
リリーが放った弾丸を俺の頬スレスレを通り過ぎ、植物に直撃する。
植物の中央に大きな穴が空き、明らかに隙が生じた。
その瞬間を俺が討つ。
「クソ熱いから覚悟しとけよ!!」
地面を蹴り飛ばし、思い切り剣をぶち当てる。
斬るというよりかは、炎を伝達させるに近い。
剣が植物に当たると同時に、炎が一気に燃え広がっていく。
轟音と同時に爆発音が響き、観葉植物は真っ赤に燃え上がった。
メラメラと燃え上がり、最後には何もできずに消滅した。
この感じだと、ケミストが用意した特別製の魔物なのだろう。
植物をこんな感じにいじるとか、正直信じられんな。
まだ通常個体をいじってくるエルドラが優しく感じる。
あれは多分、エルドラの性格もあったのだろうが。
あいつ、迷宮の管理から何まで適当な雰囲気があったからな。
「リリー、怪我はしてないか?」
「ごめん。ちょっと足首挫いたかも」
「ああ……マジか。とりあえず座ってくれ」
治療をしたいところだが、生憎と今持ち合わせているもので捻挫をどうにかできそうなものはない。
簡単なことはできるかもしれないが、迷宮攻略をする上では致命的な怪我だ。
悩んでいると、カレンが俺の隣に座る。
「大丈夫です。私が治せます」
言って、リリーの足首に触れる。
すると、ぱっと手から光りが漏れたかと思うと捻挫した部位が綺麗に治っていた。
「す、すごい……本当に治ってるわ」
「神々の力の一種です。自分でも正直、こんな一瞬で治せるとは思わなかったですが」
「さすがだなカレン。頼りになる」
「……えへへ。そう言ってもらえると嬉しいです」
何故か頬を真っ赤に染めるカレン。
そんなに喜ぶこともないだろうに。
オッサンに褒められて嬉しいものなのだろうか。
若者は分からんな。




