スラムの街
「見えてきた。あそこがアルト伯爵領の街だ」
ここがアルト伯爵領のどの位置なのかってのは分からないが、少なくとも街には到着することができた。
幸先は悪かったが、ひとまず安心していいだろう。
にしてもだな。
「街なのか……あれ」
「ボロボロじゃない……」
「まるでスラムですね……」
街とは言ったのもの、訂正しようか悩んだ。
それほどまでに、外から見える建物がボロボロだったのだ。
魔物だけじゃあ、こんな酷さにはならないだろう。
明らかに、人為的な物も作用しているように見える。
「貴様! 今すぐにその家族を離せ!!」
「な、なんだ!?」
「なんだか物騒な声がしましたね!?」
街の方から、荒らげた声が聞こえてきた。
声の性質的に女性だと推測される。
俺たちは慌てて街の中に入る。
「ふははは! 離すわけがないだろう! 革命軍は潰すようアルト伯爵に言われていてね、こっちも金を貰っているんだ。動くなよ、さもなければ子供の命も奪ってやるからな」
広場には数多くのテントが設営されていて、人々はボロボロの衣服を着ていた。
それだけでも街が危機に瀕しているのが察することができるのに、目の前にはもっとやばい状況が広がっていた。
防具を身に着けた男たち三人が、母娘を拘束している。
そして、母親らしき人物に剣を向けていた。
おいおい……早速物騒だな。
「彼らは革命軍に所属していない、無関係な人間だ!」
一人の女性が前に出ようとするが、近づこうとする度に男たちが母親に刃を突きつける。
状況的には最悪で、動けば母娘共々死ぬ。
動かなければ母親は死ぬ。
全く初っ端から……。
「リリー、一発ぶっ放せ。目標は相手が持っている剣だ」
「了解」
俺は指示を出し、すっと鞘に手を持っていく。
少しの静寂と共に発射された弾丸は、男が持っていた剣に直撃。
金属音と共に、剣は空中に舞った。
「な、なんだ――」
一瞬、男たちが動揺してできた隙を俺は見逃さない。
全力で地面を蹴り飛ばし、一気に距離を詰める。
そして、鞘に収めたままの剣で男の顔面に向かってフルスイングを決めた。
「うがっ!?」
「な、なんだ!?」
「何事だ!?」
吹き飛んでいく男を確認した後、俺はすかさず両隣にいた男たちに向かっても剣を薙ぎ払う。
一人は頭に直撃させ気絶、一人は腹に打撃を与えて行動不能にした。
「逃げてください!」
「あ、ありがとうございます!!」
「ひ、ひっぐ……あり、ありがとうございます……」
逃げていく母娘を確認した後、腹を抱えて苦しんでいる男に近づく。
「死んでないよな。よし、しばらくおねんねして反省してろ」
嘆息しながら立ち上がり、目の前の女性を見る。
それなりの防具を身に着けており、腰には剣が下げられていた。
凛とした印象の人だ。
「あなたは……外の人間だな」
「はい、ケネスって言います。そして隣にいるのがリリーとカレン」
「はじめまして」
「はじめましてです」
女性は腕を組んで、ふむと頷く。
「私はユウリだ。ここ、アルト伯爵領を変えるために革命軍を結成し、その代表をやっている」
「なるほどね。だからさっきみたいなことに」
まさか既に革命軍がいるとは思わなかった。
ともあれ、こんな酷い現状だと革命を考える人達が出てくるのは想定できる。
「ああ……奴らは革命軍とは関係のない市民も狙うのだ。本当に……悔しい」
「散々な状況って感じですね。神々の迷宮だけでなく、人間からも、か」
俺も聞いていて腹が立ってくる。
無関係な市民を狙うなんて人間がすることではない。
「しかし、あなたたちは何者なんだ。先程の力、ただの人間ってわけじゃないだろう?」
「まあ……一般人ってわけじゃないかもですね」
説明しろと言われると少し難しい。
ただの旅人って言ってもいいが、旅人がこんな場所に来るなんて思えないしな。
「とりあえず本部で話をしよう。案内する」
そう言って、ユウリさんはくるりと踵を返す。
俺たちも急ぎ足で彼女を追いかける。
街を歩いていると、様々な人たちがテントから顔を出してこちらを見てきた。
俺はそれを見て、なんとも言えない気持ちになった。
子供たちは怯えており、外に出ようとしない。
あの年頃だと外で遊びたいだろうに。
周囲には革命軍らしき人たちがいて、街の警備をしているようだが……襲撃されている現状から考えるに人数は不足しているのだろう。
「……言葉が出ないわ」
「酷すぎます……」
リリーたちがぼそりと呟くと、ユウリさんがこちらをちらりと見て悲しげな表情を浮かべる。
「酷いだろう。これも全て……アルト伯爵という人間――そして魔物たちのせいだ」
「さっきみたいな襲撃はよくあるんですか」
「ああ、定期的にある。それだけだとまだマシで、ここは神々の迷宮が近くてな。魔物にもよく襲撃されている」
なるほどな。
それじゃあ街がこうなってしまうのも納得できる。
歩いていると、ギルドらしき建物の前までやってきた。
ユウリさんが立ち止まり、ドアをノックする。
こちらを一瞥して、
「ここが革命軍本部だ。入っていいぞ」




