蜘蛛が出現した! 倒したけど今後の死ぬ覚悟ができた!
「アルト伯爵領って結構やばいって聞いたんですけど、御者さんは何か知っていますか?」
揺れる車内。
俺は天井をぼうっと眺めながら御者に尋ねてみた。
御者は各地を旅しているため、色々と情報通だったりする。
リレイ男爵から詳細を聞き忘れていたので、試しに聞いてみることにしたのだ。
「そうじゃな……アルト伯爵は傲慢で強欲。市民から税を多く集める癖に市民は守らないスタンスだと聞いておる。あそこは神々の迷宮関係なく荒れていると言われておるな」
「なにそれ……最低じゃない」
「最悪ですね……」
リリーとカレンはドン引きといった様子である。
ともあれ気持ちは分かる。
最悪な領主もいるにはいるが、ここまで最悪なのは滅多にお目にかかれない。
正直俺も引いている。
「こりゃ、リレイ男爵と違って仲良くはできそうにないな」
まあ、貴族と仲良くなるってのが特殊事例だから、リレイ男爵の件は参考にならないかもしれないが。
しかしこうなると市民が可哀想になってくる。
けれど俺には何もすることができない。
せいぜい神々の迷宮による被害をゼロにすることしかできないだろう。
「あたし、アルト伯爵をぶん殴るわ」
「んん?」
「私も。絶対に許せません」
「え、マジで?」
俺は思わずそんな声が漏れてしまった。
まさか貴族を相手に戦うのか?
「ケネス、あたしたちの力で変えましょう!」
「ああ……完全に専門外なんだけど」
俺は冒険者業はこれまでやってきたが、革命業なんてやったことがない。
というか、したことがある冒険者の方が少数だろう。
「やりましょう! 私たちならできます!」
「お前ら……下手すれば首が飛ぶぞ?」
貴族相手に何かをするってことは、常に危険が付きまとうことになる。
なんせ俺たちはあくまで一般市民。
どんなに抗おうとも、地位で言えば相手の方が上。
全力で逃げることはできるかもしれないが、死刑と言われれば全国指名手配は免れない。
「市民を守るためよ! あたしたちがやらないと、誰がするのよ!」
「そうですそうです! みんなを守るためなら、命だって惜しくありません!」
「本気かよ……オッサン、もう少し長生きしたいわ……」
この勢いだと、本当に俺の首が飛びそうだ。
まだ何もされていないのに、首元がヒリヒリする。
だが……俺は彼女たちの夢に付き合うって言ってしまっている。
約束事は絶対に守る主義なのが俺だ。
「まあ、革命も長い人生の中では一回くらいやっておいて損はないのか?」
「そうこなくっちゃ!」
「さすがです!」
いや、普通は長い人生の中で革命なんてする人間いないけどな。
ともあれ、俺は暇人だ。
暇人が革命を起こすってのもおかしな話だが、いい暇つぶしにはなるだろう。
命をかけたチキチキレースには代わりないが。
「しゃーねえな。でも、マジで命大事にな」
「もちろんよ!」
「当たり前です!」
革命をする上で命大事に……って不可能な話だと思うけど。
もうその時点で成功しないと死刑は免れないわ。
「盛り上がってきたわ! 革命起こすぞー!」
「ビバ、世界平和ー!」
「へいへい……」
オッサン、若者の感性についていけないわ。
もう少し長生きしたかったが、まあこれも悪くない。
命を燃やす行為ってのは、男として意外と楽しいものだ。
俺には合わないけど、たまにはこういう馬鹿みたいなことをしてもいいかもしれない。
俺は少し慎重すぎるところもあるしな。
こうやって命をかけて何かをやるってことは今までしたことがなかった。
彼女たちのためだ。
今回だけは命を張ってやってもいいだろう。
「そろそろ着くのじゃ……が。ワシは怖いから外の森で隠れておる。治安のことを考えると、安全にお主らのことを待つ手段がこれしかない」
「もちろん大丈夫ですよ。命が一番ですから。食料は買い込んでる分、一部置いておくので自由に使ってください」
「ありがたい……! それじゃあお主ら、頑張るのじゃぞ!」
「頑張りますー」
「頑張るわね!」
「頑張ります! ふん!」
御者にお礼を言って、俺たちは馬車から降りる。
ここはアルト伯爵領郊外の森。
この先、まっすぐ歩くと街が見えてくるはずだ。
「うおっ!?」
咄嗟に剣を引き抜き、何かを斬り倒す。
見ると、フォレストスパイダーが倒れていた。
もしかして……と思い、上を見上げる。
「や、ややややややばいわよ……!」
「蜘蛛です! めちゃくちゃでかい蜘蛛ですひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「お前ら走るな!? 俺を放置して走るな!?」
全力で走っていく二人。
俺も追いつこうとしたが、ぶら下がってくるフォレストスパイダーが邪魔で追いつけないでいた。
「序盤から早速俺だけ……不幸だ!!」
色々と泣きそうになりながらフォレストスパイダーを斬っていく。
ランクはB程度。
とはいえ通常の森の中に出てくる魔物としては、やはりランクが高い。
図体も大きいし、くねくね動いているし。
もうビジュアルは最悪だ。
女の子である彼女たちが逃げるのも納得がいく。
でもさ……放置するのはないわ……!
「ぜぇ……ぜぇ……疲れた……」
結局、邪魔する魔物を全部倒して森を抜けることになった。
肩で息をしながら顔を上げると、申し訳無さそうに頭をかいている二人の姿があった。
「なんで逃げた……俺を殺す気か……」
「蜘蛛は……駄目だわ……」
「申し訳ないです……さすがに逃げちゃいました」
「お前らの基準が分からん……」
今後蜘蛛が出たら死ぬ覚悟をしよう。
多分、また放置される。
御者が少し心配だが、あの辺りは魔物の気配がなかったから大丈夫だろう。
「本当にありがとう……」
「すみません……」
「気にすんな。もう今後の死ぬ覚悟はできたから」




