それでも俺は暇人だしな……
「ここがリレイ男爵領中心部じゃな」
「ここがかぁ……かなり賑わっているな」
俺は馬車の中から、リレイ男爵領の街並みを見渡す。
男爵領ということもあって、確かに王都より田舎ではあるがそれでもすごい。
そこらの貴族領よりも賑わっていたりするだろう。
「なんだか旅行のようでドキドキしますね」
「確かにそうだな。ここ最近は色々な場所に行ってるし」
普通の冒険者は、どこかの領地に所属してずっとそこ近辺で働くのが普通だ。
他領に行く機会なんて滅多にない。
大抵そこの領地だけでどうにかしているケースがほとんどだからだ。
「そろそろじゃぞ!」
俺がぼうっと外を眺めていると、御者が声をかけてきた。
さすがは魔力付与がされている馬である。
速度は他の馬車を凌駕している。
小窓から顔を出してみると、大きな門が見えてくる。
微かに門の頭からは屋敷の屋根が見えた。
さすがは貴族家の屋敷である。
めちゃくちゃ大きいのだろう。
門の前で止まってもらい、俺たちは馬車から降りる。
「御者さんも来ますか?」
「いや、ワシは結構じゃ。こういうのは苦手でな。一人でのんびりする方が好きなのじゃよ」
言いながら、パンをパクパクと食べている。
御者がそれで問題ないなら、無理強いするのもよくないな。
「分かりました。それじゃあ行ってきます」
「おうおう! 楽しんでくるのじゃぞ!」
そう言って、俺は門の前まで行く。
見張りの兵士が二人いて、近くまで行くと槍で制してきた。
「俺はケネスって言います。隣にいるのがリリーとカレン。リレイ男爵に招待されてここまで来ました」
「ああ! 君がケネスさんたちか! 待っていたぞ!」
かなり怖い顔をしていたのだが、名前を言うとすぐににこやかな表情を浮かべて門を開けてくれた。
人は見た目で判断するものじゃないな。
少し「お前のような者は知らん!」なんて言われて追い返されるものではないかと危惧していたのだが。
やっぱり貴族の屋敷に行くのは初めてだから色々と心配になってしまう。
まあそこまで気を引き締める必要もないのだろう。
「楽しみだわ~」
「ねね! 楽しみですね!」
なんなら、隣にいる二人のように目を輝かせている方がよっぽどいいのだろう。
しかし……目を輝かせるには少し歳を取りすぎたな。
何かと心配してしまうのは、やっぱり色々と経験してしまったからだろう。
俺も十代前半のころは馬鹿なこといっぱいやっていたんだけど。
「ケネス様たちですね。ご案内致します」
「どうも」
庭に入ると、一人のメイドがこちらまでやってきて頭を下げてきた。
すげー、さすがは貴族。メイドも雇っているのか。
俺もいつかはメイドなり執事なりを雇ってみたいなと思いつつ、夢物語だなと放り投げた。
屋敷の中はめちゃくちゃ絢爛としていて、まさに豪邸と言えた。
長い廊下を歩いている中でも、俺はずっと緊張をしっぱなしで動きがぎこちなかったと思う。
一つの扉の前に立たされ、メイドがノックをする。
「どうぞー」
聞き覚えのある声が聞こえたと同時に、扉を開けるとリレイ男爵と目があった。
「おお! 来てくれたか!」
嬉々とした表情を浮かべたリレイ男爵がこちらまで走ってきた。
俺の手を握り、何度も頭を下げてくる。
「リレイ男爵……別にそこまでペコペコしなくてもいいんですよ?」
さすがにあれだ。
他の使用人たちも見ているし、彼の立場もあるだろうし。
だが、リレイ男爵はにこりと笑って、
「英雄に対して当然の作法だ。なんたって神々の迷宮を攻略した人々なんだぞ。頭が上がるわけないじゃないか」
「いや……俺は別に英雄じゃなくてただの暇人ですし、英雄なのは俺じゃなくてリリーやカレンの方ですよ」
「もちろんだ! しかし、僕の目には君もすごい人間だと映っている。僕は貴族社会で生きてきた人間だからね、わりと見る目はある方だと思うんだ」
「そう言われると納得しますが……俺はただの暇人ですし。それよりも、二人とも。貴族の人たちに認められてよかったな」
そう言うと、二人は目を輝かせて何度も頷く。
「すごく嬉しいわ!」
「憧れがありましたから!」
「ああ! 二人も僕の英雄だ! 感謝してもしきれない!」
二人にも何度も頭を下げ、リレイ男爵はさてと手を叩く。
「料理の準備はできている! さあ、色々と話そうじゃないか!」