友情
「何を考えているんだい?」
ヒュウガの言葉にレオンハルトは現実へと引き戻される。
そのままグラスをテーブルに置き、彼は静かに語り始めた。
「シュヴァルベの復讐についてだ。
どうも何か胡散臭いところがあってな。」
「胡散臭い?」
「ああ。まず復讐の相手だ。
リーマン先生の人柄については、俺もある程度知っている。
あの人はどちらかと言えば反階級社会的な考えを持っていた人だ。
身分違いの恋に首を突っ込んで、親子を引き剥がすような真似はしないだろう。」
「だが二十年以上前だぜ? お前ぇさんだって生まれてないだろうに?」
「それはある。
場合によっては、その件が元で宗旨替えを行ったのかもしれん。」
「しかし、身分違いの色恋沙汰ねぇ……。
確かにどっかで聞いた話だ。」
どことなく困惑した表情で、ヒュウガはレオンハルトの顔を見る。
レオンハルトは苦笑しながら言葉を続けた。
「まあ、先生が関係した上で身分違いという事が出るならば、十中八九リューガー家絡みだと考えられる。
まあ、あの一族は比較的身持ちは固い部類ではあったが、それでも浮いた噂がなかった程じゃない。
確かリューガー家の最後の代は男性で、弟、妹はいなかったはずだ。
従って、末代当主の御落胤がシュヴァルベという事になるな。」
「可能性が高い、と言うべきだぜ?」
そう言うと、ヒュウガが手酌でグラスに酒を注ぐ。
「そうだな、その通りだ。
だからこそ、おかしい。」
「どういうことだ?」
「覚えていないか?
リューガー家の滅亡に至った、重要なキーポイントを。」
「ツェッペンドルンか……。」
「そうだ。
言ってみれば彼女の父親はあの事件で殺されたようなもの。
だとしたら、だ。
自分の親を殺された恨みと、両親から引き剥がされた恨み……心情としてどちらが勝ると考える?」
「フ……ン。
普通は親を殺した方だな。
そうなりゃ、またぞろお前ぇさんの命が狙われるワケだ。」
「無論そうなってもおかしくはないだろう。
表向きは俺と教授があの事故を起こした訳だからな。
だが、奴はそんなことをおくびにも出さなかった。
生き別れていた自身の母親がリーマン先生への恨みを口にしたと言ってはいたが、それだけで仇の娘の命を狙うだろうか?
むしろ、父親を殺した張本人へ恨みを向ける方が得心が行く。」
「言わんとすることはわかるぜ?
確かに、俺にも妙な引っ掛かりがある。」
「それは?」
「ヤツは仇を討つ最大のチャンスを逃している。
覚えているか? 林道で教授を襲撃した時だ。」
「そうか。確かお前とエレナが対峙した形になって、それにシュヴァルベが割り込んだんだったな。」
「あの時、シュヴァルベはエレナを助ける形で俺と戦った。
それって、助ける必要なんかあったのか?」
「まあ、一応我が手で決着を……という思惑があったかもしれん、と説明はつくが……。
それより問題はそのあとだ。
そのあと、奴は俺たちに接触し、そして最終的にはエレナと二人きりになっている。」
「二人きり?」
「ああ。俺は教授を目的の場所まで運んでいった。
用心棒たちが四人ほどいたが、バラバラに散っていったと考えれば、残るのはエレナとシュヴァルベの二人だけになる。」
「お前ぇの言う胡散臭さ、俺にも臭ってきたぜ……。
ヤツの腹ン中はわからんが、何か隠してるのは間違いねぇな。」
「いずれにせよ、敵対を明言したんだ。迎撃は必須だろう。
できる限りで構わん。協力を頼む。」
「そのつもりだ。」
ヒュウガは空になった二つのグラスにウィスキーを注ぐと、片方を目の高さまで軽く持ち上げた。
それを見たレオンハルトは、自分のグラスも同じく掲げる。
「再会にカンパイだ。」
「ああ。」
カチンとグラスが鳴った。
親友の二人は、喜びを噛みしめながら、ウィスキーを飲み干す。
『この二人なら、きっとうまくいく。』
三年前の事件に首を突っ込んだ時と同じ感覚が、二人の間にまた生まれていた。
ただ、今回は自信を経験が裏打ちしている。
若さゆえの暴走とは違う落ち着いた自信が、それぞれ今の二人には備わっている。
グラスの酒を飲み干し、お互いに微笑み合う。
そこには確かに、昔通りの信頼関係――友情があった。