人工心臓
「こうして酒を酌み交わすのは何年振りかね?」
ランプの灯りのみの薄暗い部屋の中、微笑みながらヒュウガはレオンハルトの酌を受けた。
レオンハルトもまた、軽い微笑みを浮かべ、ヒュウガの酌を受ける。
「三年ぶりだ。忘れもしない、レシウス昇天祭の大騒ぎが最後だったろう?」
「ああ、そうだった。
それであのオヤジが目の間で斃れて、時計塔、だったな。」
「そうだ。
あの後どうしたんだ? 正直なところ、心が壊れかけたんだぞ?」
ヒュウガは、注がれた酒をチビリとやって、瞳を伏せた。
「それについては謝る。
だが、コッチもこいつが軛になってな。」
そう言うと、ヒュウガは胸元のタイを取り払い、鎖骨の真ん中に埋め込まれた機械を露出させた。
「やはり人工心臓か……。」
「流石だぜ。話が早い。
コイツのせいで俺も完全に行動が制限された。
堀に落ちた俺を助けたのが『影の兵士隊』だ。
まあ助けてもらった義理もあって、任務の手伝いを始めてな。まず真っ先に南方の偵察任務さ。
そのまま北東の最前線、諜報活動で敵国内のアチコチを飛び回り、帝都に帰ってきたのは半年前。
そこからすぐに教授の件だったからな。」
ヒュウガの言葉を聞き、レオンハルトが尋ねる。
「お前が義理堅いのは今に始まった事じゃないが……そこまで言いなりになるのは何か訳があるんだろう?」
ヒュウガは悔しそうな表情を見せて、レオンハルトに答えた。
「ああ。コイツは時折俺を裏切りやがる。
全開での戦闘を行おうもんなら、数分で息が切れて地獄の苦しみだ。」
それだけ言うと、ヒュウガはグラスの酒を一気に飲み干す。
再びレオンハルトは彼のグラスに酒を注ぎ、ヒュウガはまた口を開いた。
「何でも部隊の医者が言うには、俺が全開で戦闘する場合、常人が見せる範囲を遥かに超える心拍数と血圧になるらしい。
しかし、だ。この人工心臓ってヤツは、飽くまでも常人の範囲でしか血の流れを制御できない。
そのおかげで、本気出したら、即呼吸困難になるって寸法らしいな。」
「そうなった場合の対処は?」
心配そうなレオンハルトの顔を見て、ヒュウガは自身の旅装を漁り始めた。
「ソイツを制御する機械ってのがあってな……。
ああ、コイツだ。」
ヒュウガはテーブルの上に五本の筒状の機械を転がした。
レオンハルトはその筒を真剣な目で観察する。
「コイツで一時的に心臓へブーストをかける。
その後、緩やかに本来の範囲へ戻していくんだが、コイツは使い捨てでな。
製造できるのは本部のみときた。」
レオンハルトは筒を目の前に持ち上げ、ヒュウガに尋ねた。
「これを一本俺に預けてくれないか?
分解して中身を見れば、俺でも量産できるかもしれん。」
ヒュウガは少し迷った風を見せた後、レオンハルトへ静かに答えた。
「生憎だがそれはできんな。」
「なぜ?」
「お前を信用してないワケじゃねぇ。
だが、今手元にあるのはそれだけの上、入手できるのは帝都だけだ。
それにお前が量産するのも帝都での話だろ?
だったら、確実に手に入る場所の方が安全だ。」
「だが、軛は断ち切れる。」
「そうだな……悩ましいね、全く。」
それだけ言うと、ヒュウガは再び酒をチビリとやる。
レオンハルトも付き合うように一口酒を飲むと、すっかり日の暮れた夜の街を窓越しに眺め、ぼんやりと何かを考え始めた。