鳴らされた鐘
宿屋『黒山羊亭』。
交通の要所、グレッツノーストでも十指に入る宿屋だ。
その一階にある酒場にて、四人はテーブルを囲んでいる。
「さて、何から話したモンかね?」
「できれば、初めから頼む。
なにせ色々と話が絡み合ってきているからな。」
「ナルホドな……。」
ヒュウガが半分苦笑いの表情で語り始めた。
「まずは教授の生死を確認せよって形で命令が下ったのさ。
そのためにお前ぇさん方の協力が欲しかった。
だが、そっちの行先が解らずに往生してたって寸法でな。
そんなところに、あの女がやってきて情報を寄こすと言ってきやがった。」
「それが私と何か関係があって?」
相変わらずエレナが不機嫌そうに尋ねる。
そんな彼女の様子を見て、ますますヒュウガは苦笑いを深めていく。
「そこからさ、話はな。
情報提供の代わりに、この『回路』を持って行ってくれと言われた。」
ヒュウガは胸ポケットの中からシュヴァルベに渡された『回路』を取り出し、テーブルの上に放り投げる。
カツッ、カツッと小気味の良い音が響き、正八面体のその回路はテーブルの上にとどまった。
外からの初夏の日差しを受け、透き通った深い蒼に輝く『回路』。
エレナは『回路』に手を伸ばし、それがどんなものかを鑑定し始めた。
「情報転送用ね。
音声中心、詳細な画像は無理、か。」
「しかし、この『回路』がどこにあるかを判断するのは難しくありませんよ?」
いつの間にか隣のテーブルには、問題のシュヴァルベがいた。
彼女は、どことなく微笑みを湛えたまま、四人の様子を観察している。
「ここで仕掛ける気かい?」
ミナトが傭兵の顔を見せ、シュヴァルベに問いかけた。
加えてヒュウガもレオンハルトも、表情は既に臨戦態勢の風を見せている。
「いいえ。流石にこの衆目の中、手練三人を相手取っての大立ち回りはご勘弁。」
シュヴァルベはどことなく芝居がかった言いぐさで、大げさに肩をすくめた。
「では、なぜここにいる?
目的を聞かせて欲しいところだな。」
レオンハルトが鋭い視線と共に言葉を投げかける。
シュヴァルベはその視線にも動じることなく、落ち着いた声音で返答した。
「まずは、復讐の鐘を鳴らすのが目的です。
エレナ・リーマン。
貴女の父親、ユリウス・リーマンへの恨み、受けて頂きます。」
「ちょっと待って!
父への恨み? どういうことよ!
まるで解らないわ!?」
「貴女がそれを知らぬは当然でしょう。
なにせ話は二十年以上遡りますので。」
気が付けば、シュヴァルベの顔から微笑みが消えている。
彼女自身、かなり心の中で覚悟が固まっているようだ。
「二十有余年前、ある男女が愛し合いました。
結果、一人の娘が生まれたのです。
しかし、その娘は身分違いの、そして不義の子として親から引き剝がされ、いずこかへ庶子として里子に出されました……。」
「それと父と何の関係が?」
「その娘は私。
親子の仲を引き剥がしたるは、貴女の父親、ユリウス・リーマン。
ご理解いただけたか? 私は母親の名代として貴女に復讐する。」
うつむいた顔を隠す黒髪の中から、復讐者の視線がエレナに向けられた。
その視線にゾクリと肩を震わせるエレナを見たヒュウガが、シュヴァルベに向けて語りかけた。
「待てよ。その恨み、話がおかしいんじゃねぇか?
お前ぇさんと両親が二十何年か前に引き剥がされた?
そいつぁ確かに憐れに思うが、それを相手の娘にぶつけるなんざ、お門違いも甚だしいぜ。」
「母は……この間身罷ったのです……。
生まれの故を知り、母を探し続けて十年余り。ようやく巡り逢えた母は、老いた身を寝台に横たえ、私を待っていてくれたと言って下さった。」
ヒュウガの言葉を無視して、シュヴァルベは身の上を語り始める。
「そして遺言として、ユリウス・リーマンへの恨みを言い遺し、この世を去った。
私はその無念を聞き、母の魂の安らぎのため、その血族を根絶やしにすると誓ったのです。お解りか、エレナ嬢。」
「どこかで聞いたような話だな……。」
レオンハルトがポツリと言った。
椅子に深く腰掛け、瞳を閉じてレオンハルトが語り始める。
「復讐が下らないだとか、無意味な話だというつもりはない。
消化できない恨みというのは誰が持っていてもおかしくないものだからな。
だが、その恨みを本人にぶつけないのは間違っている。
事実エレナは何も知ってはいない。恨みをぶつけるのは筋違いだ。」
「そうかもしれません。
しかし、復讐とは自己満足以外の何物でもない……。
そうでしょう? 牡牛のミーナ。」
「それは……そうだけどさ……。」
シュヴァルベの言葉を受けて、ミナトが瞳を逸らす。
悲痛な面持ちなのは、自らの行為を思い出したからだろう。
「私はその自己満足を貫き通す。
それこそが、今は亡き母にできる、私の最期の手向けなのです。」
凄みを見せる視線を、シュヴァルベは四人に向けた。
その視線ゆえだろうか、彼女の黒い髪は地獄の深奥を覗き見たような底深い闇を思わせる。
スッと瞳を閉じ、シュヴァルベは再び口を開いた。
「なおこの復讐、夜討ち、不意討ちはしない事はお約束致します。
正々堂々、正面から必ず挑む事だけは確約致しましょう。」
立ち上がりテーブルを後にするシュヴァルベにミナトが横目で睨みつける。
「それでいいのかい?
壁は三枚。あたしはまだしも残る二人は相当手強いよ?」
「無論構いません。
命を奪うという事が如何程重いかは承知しております。
では、失敬。」
それだけ言うとシュヴァルベは酒場のドアから外へ出て行った。
ドアの向こうでは、魔導球特有の蒼い光が大きく輝く。
そして、そのままシュヴァルベの姿を包み込み、消滅していった。




