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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第十一章-遺跡
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情報

「作業を始めるぞ。

 エレナはコムと組んで、情報の抽出を行ってくれ。

 俺は工業棟の制御を担当する。」


「解ったわ。

 じゃあお坊ちゃん、エスコートよろしくね?」


「その呼び方は好きじゃないです。」


 エレナは胸ポケットから薄い眼鏡を取り出して顔へとかけ、整然と並んでいる制御卓の一つを選んで座る。


 制御卓では魔導球と同じような青白い光が輝いている。

 エレナが制御卓に手をかざすと、中空に情報表示用のコンソール、卓上に情報入力用の仮想キーボードが、輝きとともに出現した。


 制御画面に古代文字が忙しなく流れていく。

 やがて古代文字がデザイン化された、紋章のような画像を背景にした画面がコンソールに大きく表示され、動作が一旦静止した。


 コムはその画面を確認し、胸から細い作業用アームを展開する。

 続いてアームで同じく胸部から通信端子を引き出して、卓上に開いている物理端子へ接続した。


「OK。じゃあ、始めましょう。」


 卓上に光る仮想キーボードの上を、エレナの細い指がしなやかに動いていく。


「情報の損壊はほぼないようね。

 コム、暗号の解読。

 その後、情報の抽出をお願い。」


「了解です。」


 二人の様子を確認したレオンハルトは、部屋の一番奥にある、最も大きい一卓を選んで腰かけた。

 エレナの時と同じく、コンソールとキーボードが出現したが、画面は動かない。


 だが、レオンハルトは慌てることなく、懐からコムが取り出した端子よりやや大きい、万年筆のような機械を取り出し、コムのものと同じように制御卓の物理端子に接続した。


 機械は音もなく動作し始めた。

 起動の証として、天辺のスリットから青色の光が断続的に瞬いているのが見て取れる。


 しばらくして、『ピーッ』と機械音が鳴り、コンソール内の表示が動き始めた。

 エレナの端末と同じく、流れていく古代文字。

 その一連の流れが終わり、同じ紋章の画面でコンソールの表示が止まる。


「これでいい。」


 コンソール内に表示された仮想ボタンをタップし、情報ウィンドウを開く。

 そのウィンドウの中身を見た後、キーボードで必要な情報を入力し、またウィンドウを操作……繰り返される手順は流れるようなもので、まるでよどみがない。


 そんな彼らの作業を横で見ていたミナトが、心底感心したようにつぶやいた。


「やっぱり、学術師の先生なんだなぁ……。」


「どうしたの? いきなり。」


 その声を聞いたエレナが、不思議そうな顔でミナトに尋ねる。


「ん……いや、そんな複雑そうな機械を、何も考えずにササッと使うなんて、到底できないなぁって思ったから……。」


「俺たちだって初めからこんなにスムーズにできた訳じゃない。色々と経験を積んだ結果だ。

 君だって、その大斧を使いこなすまでは相当に鍛錬を積んだんだろう?」


 レオンハルトはコンソールから目を離さず、ミナトの言葉に答える。

 その様子を目の当たりにし、ミナトはさらに言葉を続けた。


「そう言われちゃうと、そこまでだけどさ。

 やっぱり凄いって感じちゃうよ? 普通は。」


 その言葉に肩をすくめて苦笑したエレナの横では、コムの胸部パネルにあるアクセスランプが高速で瞬いている。

 レオンハルトの瞳にはコンソールの輝きが照り返され、複雑な作業が進められていることを告げている。


 所在無く辺りを見回すミナトに、イヤリングを揺らしてエレナが近づいてきた。


「どう? 初めての遺跡は。」


 エレナの言葉に振り向いたミナトは、不安げな表情で答える。


「怖いね……ここ……。」


「怖い?」


「うん……。

 なんて言うのかな……生命(いのち)が感じられないって言うか……あまりにも機械的って言うべきなのかな……。

 すごく適切な一言があったんだけど、思い出せないや……。」


 角を拳で軽く叩きながら、その言葉を思い出そうとしているミナトに、レオンハルトは相変わらず画面から目を離さず、一言を告げた。


「無機質。」


「そう、それ! 無機質が過ぎるんだ。

 まるで人間なんかを始めとするあらゆる生命を拒絶している、そんな感じがする……。」


 エレナはその言葉を聞いて軽く微笑み、口を開いた。


「そうね。そう感じるのも無理ないわ。

 私たちですら、時折不気味に感じるんだもの、あなたみたいに初めて遺跡に入った人間は、そう感じてもおかしくない。

 手伝いに来てもらう人たちは口々に言うのよ。

『お宝なんてないんだな。』って。

 みんな金銀財宝が山と眠っていて、それを運び出すとばかり思ってたりするの。

 まあ、実際に運んでもらうのは、怪しげな機械ばかりだから、肩透かしは否めないかもしれないわね。」


 エレナの言葉が途切れたところに、レオンハルトが言葉を続けた。


「だが、そう言った人間は本質を見誤っている。

 遺跡に眠る財宝は、唸るほどに存在していると言っていい。

 こう言った『生きている遺跡』などに出会えれば、それだけで億万の金貨を優に超えるお宝に巡り合えたのに匹敵するな。」


 レオンハルトの目は画面から動くことはなく、手は忙しなくキーボードとコンソールの上を動き回っている。

 そんな彼に、ミナトは口をとがらせて尋ねた。


「そのお宝って何?」


「情報さ。

 遺物そのものもお宝と言えるが、情報はそれを凌駕する。

 考えてみてくれ。遺物は壊れてしまえばおしまいだが、情報があればそれを復元し、好きなだけ複製できるんだぞ?」


 レオンハルトの間髪入れずの答えに、エレナが続く。


「無論、訳の解らない情報も入ってくるわ。

 だけど、それも別の情報を組み合わせることで内容が見えてくることもある。

 だからたくさんの情報が欲しい。

 そのために私たちは遺跡に潜るのよ。

 恐怖心なんかを抑え込んでね。」


 二人の言葉にミナトは得心したかの表情を見せる。


 そこへ『ピーッ』という機械音が鳴り、コムが言葉を発した。


「情報解析終了です。

 損壊度は三%。修復可能でしたので処置してあります。」


「ありがとう、お坊ちゃん。」


 エレナがウィンクを飛ばして、コムに答えた。

 コムは頭を斜め上へと背け、そっぽを向いている。


 レオンハルトの作業も終了したようだ。


「これで工業棟の制御は完了だ。

『回路』の練成を行うラインにはロックをかけた。

 余所者が『回路』を必要としても、すぐには練成できんだろう。

 あと、警備の機械には命令を行っておいた。

 これで少しはやる事が減ってくれる。」


 レオンハルトの言葉を聞き、ミナトが口を開く。


「やる事って?」


「道中の遺体だ。このまま放っておくのは、色々と問題がある。

 放っておいて腐ったりしたら、後続の人間に迷惑をかけるしな。」


「それだけ?」


 少し哀しげな顔で、ミナトは改めてレオンハルトに尋ねた。


「無論それだけじゃない。

 あの遺体はあまりにも痛々しい。

 せめてきちんと埋葬してやらないと、何者であったにしても浮かばれまい。」


 そう言うと、レオンハルトは椅子から立ち上がり、首を軽く鳴らす。


 その後ろで、ミナトの肩をエレナが軽く叩いた。

 安堵の微笑みを見せているミナトを勇気づけるように。


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