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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第十章-暗躍
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魔法

 クロウフの宿場町。


 近隣にミスヌという川が流れ、小さいながらも漁業が盛んな町だ。

 その宿場町の宿屋、『赤鬼亭』にて、三人は夕食を執っていた。


「でも、本当に何者なのかしら?」


「なんの話?」


 不意に口走るエレナに、ミナトが反応する。


「オルセン公を殺害した人間の話よ。

 魔法で殺されたらしいって新聞にはあったけど、それって可能なの?

 ねぇ、魔導士の先生?」


 どことなく悪戯っぽい笑みを浮かべ、エレナはレオンハルトに尋ねる。

 コーヒーを啜っていた彼はカップを皿に置いて、静かに言った。


「その話は長くなるぞ。覚悟してもらおう。」


 彼の言葉に、ミナトは神妙な面持ちで、ゴクリと固唾を飲む。


 エレナは、『しまった!』と言った顔を見せたが、無情にもレオンハルトの講義は始まってしまった。


「まず先に結論から言おう。

 殺すことはできるが、秘密裡の殺害には向かない。

 これが全てだ。

 魔法を使用するに当たっては、次の段階を踏まねばならない。

 集中・展開・抽出・収斂・発動。

 この五つの段階を踏んで、初めて魔法は顕現する。

『集中』は魔力を導出する『魔導球(サーキットスフィア)』を設計する段階。

『展開』はその魔導球を文字通り展開する段階。

『抽出』は魔導球をもって魔力を導出する段階。

『収斂』は魔力を収束し、目的の事象を導き出す段階。

『発動』は実際に魔法が発動する段階を言う。」


「それと今回の件はどう関係するの?」


 不思議そうな顔をしてミナトが尋ねる。

 レオンハルトは組んだ両手で口元を押さえつつ、やはり静かに答えた。


「この、魔法発現の段階と言うのは、基本的に絶対だ。

 逆に言えば、魔導球の発現なしに魔法は使えない。

 そして魔導球は誰の目にも目立つのさ。

 そんなものが目の前に現れれば、誰だって警戒するだろう?」


 ミナトはそのことを指摘され、大きく目を見開いた。

 同時に、エレナの目の色も変わってくる。


 レオンハルトの講義は続く。


「次に、魔法には射程がある。

 魔力の注ぎこみの程度によってそれは変わるが、一般の魔法使いが直接攻撃に使える魔法を発現させても、そこまで距離は伸ばせない。

 例えば一直線の光線を放つ『紫電』。

 これの射程は一般的には、およそ三十から五十クラムほど。

 しかし、ピンポイントで相手を貫いて殺す魔法は、これ以外ほぼない。

 他の魔法は大きく爆発したり、派手に雷鳴を轟かせたりと、全く暗殺には向かないものばかりだ。

 まあ、確かに体の一部を抉るように消滅させる魔法がない訳ではないが、これは精度がすこぶる悪いからな。

 大雑把な破壊には向いても、やはり暗殺には向かない。」


「確かにそんな大事があれば、まず先に書き立てられるわね……。」


 エレナがつぶやくように言った。


「射程の話に戻そう。

 先にも言った通り、使われた魔法が『紫電』だった場合、少なくとも五十クラムの距離まで接近しなければならない。

 もしそれ以上の射程を取った魔法だとしたら、今度は別の問題が出てくる。」


「別の?」


 レオンハルトの言葉を聞いたミナトが尋ねてきた。

 彼は冷静な声のまま、逆に二人へ尋ね返す。


「オルセン公はどこで殺されていたとあった?」


「寝所……よ?」


 エレナが訝しげに答える。


「そこまで狭い空間だったら、至近距離に近付く以外ないだろう。

 それを超える距離で魔法を使えば、屋外に破壊の痕跡が残る。」


 二人が得心したという表情でレオンハルトの顔を見つめる。


「魔法は、魔導球の中央を中心として発現する。これもまた絶対だ。

 確かに魔導球は魔法使用者の意思でどこでも発現できる。

 だが、魔導球と使用者の距離はそれこそ最大で五クラムが限界。

 これは超一流の魔導士も、一般の魔法使いも変わらない。」


 レオンハルトが一息つき、コーヒーを再び啜ったところで、ミナトが口を挟んできた。


「でもさ、その五クラム分射程は伸びないの?

 部屋の外から魔導球……だったっけ。

 それを展開して、ってできないの?」


 再びカップを皿に置き、レオンハルトは口を開いた。


「確かにできる。だが、一番初めに言った通り、魔導球は目立つ。

 寝所の暗い空間ならなおの事だ。

 魔導球が収斂しきる瞬間まで気づかれずに、魔法を錬成できるとは考え難い。」


 ひとしきり語った様子を見計らい、今度はエレナが口を開く。


「確かにそんなことなら、毒を盛った方が早いわね。

 魔法はコストもリスクも高すぎ、か。」


「そうだな。

 だから俺は別の可能性を考えた。」


 レオンハルトの言葉を聞き、エレナが尋ねる。


「それは?」


「遺跡からの遺物だ。」


 真剣なレオンハルトの言葉にエレナの眉が顰められる。


「待って。それって誰がそんなことをするのよ。

 遺物の魔導器を扱える人間なんてかなり限られるわよ?」


 レオンハルトは眉一つ動かさず、エレナの言葉に答えた。


「そうだ、限られる。

 俺ではない、君でもない。

 他に考えられる人間は?」


「まさか、教授?

 冗談でしょう? 本気でそんなこと考えてるの?」


 エレナの言葉には半ば怒りの色が混ざっている。

 馬鹿にされたと感じているのかもしれない。


 だが、レオンハルトはそんな彼女の様子を気にも留めず、さらに言葉を続けた。


「以前にも言ったはずだ。

 教授がもし、俺の予想通りの行動に出ていたら、魔導器すらいらなくなる可能性すら出てくる。

 自身の身体の中に、そういった魔導器を埋め込んでしまえばいいのだからな。」


「あの、それってどういうこと?」


 恐る恐る尋ねてきたミナトに、エレナは青褪めた顔で答えた。


「悪魔の研究よ。

 人を人外にする、狂気の、ね。」


 イヤリングが、チリン……と鳴る。

 深い蒼の宝石は、日の落ちた夜空と同じ色に輝いていた。


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