手懸り
厩舎にてヒュウガが旅装を検めているところへ、クリストフがやってきた。
心配そうな表情でヒュウガを見つめている。
「隊長。やはり我々も……。」
クリストフの言葉をヒュウガは目で制し、静かに言った。
「先にも言った通りだ。今回は俺一人でやる。」
「しかし……。」
なおも食い下がろうとするクリストフの機先を制して、ヒュウガは言う。
「ヤベぇ臭いがするんだよ。」
「臭い……でありますか?」
クリストフは不可解そうに口を開いた。
「ああ。
長官の勘ってヤツを信じるつもりはさらさらないが、あんな人形が飛び出してくる鉄火場を目の当たりにしちゃぁな……。」
クリストフは打ち貫かれた右肩に手を置いた。
あの時、彼はまるで戦いができない相手というものを知った。
銃との戦いでも、まだ何か工夫の余地があった。
だが、あの人型は別だ。
見えた瞬間に撃たれる。それも予兆も予備動作も全くなしで。
しかもヒュウガの拳もミナトの大斧も全く効き目がない。
倒したのは、あの怪物のような魔導士の力によるものだ。
あんな戦いは、自分にはできない。いや、ヒュウガにもできないだろう。
そんなことをクリストフは考える。
ヒュウガは瞳を閉じて眉根を寄せる彼へと声をかけた。
「この件は、一にも二にもスピードだ。
急ぎレオンハルトたちを追って、ヤツらから情報を引き出さにゃならん。
大人数で右往左往するのに巻き込まれるのは、正直勘弁してほしい。
元々俺はスタンドプレイ派なんでな。
だから、今回はやり易いようにやらせてもらう。」
「解りました……。」
さも無念そうに答えるクリストフの後ろから、エルマーが小走りでやってきた。
「隊長。学術院の内偵から連絡です。
フォーゲル氏は現在遺跡の探索に向かったとの事。
ただし、行き先は不明。」
「参ったな。手掛かりもなし、か……。」
エルマーの報告に、ヒュウガはつぶやき、考えこんだ。
「では手掛かりをお教えしましょう。」
声の方向へと三人が一斉に振り向くと、そこには緊張した面持ちのテオがいた。
だが、先の声は間違いなくテオのものではない。
三人に警戒が走る。
そんな臨戦態勢の三人の前に、テオの陰から黒づくめの人間が姿を現した。
「お前ぇかい……。」
「ご無沙汰しております。狼の君。」
警戒を緩めるヒュウガにシュヴァルベがにこやかに語りかけた。
「テオ! どういうことだ!!」
クリストフの一喝に驚いた馬が二、三頭いななく。
そんな彼にシュヴァルベは落ち着いた声音で口を開いた。
「まあ、ご興奮なさらず。
こちらの方には道案内をお願いしただけです。」
シュヴァルベはそう言うと、蒼い宝石を真上に爪で弾き、再び握りしめた。
「『回路』……。」
エルマーが険しい表情でつぶやく。
「申し訳ありません、隊長。気が付けば自分はここに……。」
「催眠術か何かの『回路』だな?
そんなモン持ってるお前ぇさんは、本当に一体何者だ?」
「さぁ? 錬金術師ではご不満ですか?」
ヒュウガの問いかけに、喉の奥のクスクス笑いで答えるシュヴァルベ。
「それよりも手掛かりと言ったな?
我々でも得られなかった情報をなぜお前が知っている?
そもそもそれは信憑性のあるものなのか?」
エルマーが口早に問い質した。
彼も元々は諜報部に身を置いていた人間だ。情報という事柄に関しては人一倍敏感なところがある。
結構な剣幕のエルマーに向け、笑顔を崩すことなく、シュヴァルベは答えた。
「なにも正確な情報という訳ではありませんよ。
手掛かり……ただそれだけに過ぎません。
裏付けなどが必要なら、その後存分に検分して頂いて結構。」
「勿体ぶるな! 言いたいことがあるなら早く言え!」
余裕のある表情が癇に障るのか、クリストフは先から苛立ちを隠そうともしていない。
彼女の後ろではテオが決して逃がさぬよう、仁王立ちの構えで睨みつけている。
「情報を頂けるんなら助かるぜ。」
ヒュウガは冷静な口調でシュヴァルベに言う。
三人は意外といった表情を見せ、ヒュウガの顔を見た。
「ただし、だ。なんか条件があるんだろ?
その内容を聞いてからにさせてもらおう。
そうでなけりゃ、こんな虎の口ン中に飛び込んでくるワケもねぇだろうに。」
「流石ですね……。
そちらの若い方々とは余裕が違う。」
帽子のつばを摘み、スッと顔を隠す。
だがその口元は間違いなく微笑みを湛えていた。
「では、まずこちらの要求から。
私の目的は、エレナ・リーマンの殺害です。」
「何だと!?」
クリストフが驚愕の声を上げた。
エルマーもテオも、驚きの色を隠さない。
そんな中、ヒュウガは冷静にシュヴァルベと言葉を交わしていく。
「ワケは聞かねぇぜ。
聞いたところで『こういう事でございます』なんていうタマじゃねぇのは先刻ご承知だ。
だが、もし俺があの女を殺すのを渋ったとしたらどうするんだ?」
「これをお渡しします。」
シュヴァルベはベストのポケットから、何かまた別の『回路』を取り出した。
「こいつは?」
「一種の物見用の『回路』です。
これを持って彼女の元まで到着して下されば、私の『転移』で跳ぶことが可能となります。
貴方は私を運ぶ、言わば馬の役割をしていただけば結構。」
「貴様っ……!」
気色ばむクリストフを押しとどめ、ヒュウガが言葉を続ける。
「その言い方だと、俺は殺しに関わらなくていい感じだぜ?」
「その通りです。
殺害の手助け、それで十分です。」
「なるほど、見えてきたぞ。
お前はそのエレナ嬢を狙ってる。
だが、肝心の相手が見つからない。
それを隊長に頼んで見つけてもらおうって腹か。」
まくしたてるエルマーをしり目に、シュヴァルベはヒュウガに瞳を向ける。
「如何でしょう? 狼の君。
乗っていただけるか、否か?」
「いいだろう。馬役、引き受けるぜ。
ただし、だ。殺しはアンタがやんな。
あと、状況によっては邪魔するかもしれん。
それでいいなら交渉成立だ。」
「ふむ……。」
シュヴァルベは少々黙り、考えている。
そんな様子を見たヒュウガは、エルマーに指示を飛ばした。
「エルマー、関所の記録を精査しろ。
この数日中に帝都中央から出た人間のリストを調べ上げて、レオンハルト・フォーゲルの名を探せ。三十分だ。」
「了解しました。三十分で結果を出します。」
「さてどうする? 三十分でお前ぇさんの情報が腐るかどうかわかるんだがな?」
ニヤリと笑いながら語るヒュウガと、敬礼してその場を走り去ろうとするエルマーを見たシュヴァルベは、苦笑いを浮かべて口を開いた。
「全く交渉上手でいらっしゃる。
良いでしょう、その条件で。
レオンハルト氏の行先ですが、クロウフ、クラレス、ヴェルミナ、そしてバルメスの四箇所。現在は恐らく最も近いクロウフにいるでしょう。」
「クロウフとなると、馬を飛ばしても一日はかかる……。」
テオが呆然と口走る。
「なら、別の場所へ先回りするだけだ。
情報提供感謝する。」
ヒュウガはそれだけ言うと、シュヴァルベの差し出した『回路』を受け取って、旅装をひっ掴んだ。
そのまま、この厩舎の中でも一番速い馬を選び、跨る。
「テオ、ソチラを丁重にお送りしろ。」
馬上からテオに指示を出し、馬の手綱をはたく。
敬礼で見送る三人と、帽子を振る一人を残して、馬は猛然と駆け出していった。