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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第十章-暗躍
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手懸り

 厩舎にてヒュウガが旅装を検めているところへ、クリストフがやってきた。

 心配そうな表情でヒュウガを見つめている。


「隊長。やはり我々も……。」


 クリストフの言葉をヒュウガは目で制し、静かに言った。


「先にも言った通りだ。今回は俺一人でやる。」


「しかし……。」


 なおも食い下がろうとするクリストフの機先を制して、ヒュウガは言う。


「ヤベぇ臭いがするんだよ。」


「臭い……でありますか?」


 クリストフは不可解そうに口を開いた。


「ああ。

 長官の勘ってヤツを信じるつもりはさらさらないが、あんな人形(ひとがた)が飛び出してくる鉄火場を目の当たりにしちゃぁな……。」


 クリストフは打ち貫かれた右肩に手を置いた。


 あの時、彼はまるで戦いができない相手というものを知った。

 銃との戦いでも、まだ何か工夫の余地があった。


 だが、あの人型は別だ。


 見えた瞬間に撃たれる。それも予兆も予備動作も全くなしで。

 しかもヒュウガの拳もミナトの大斧も全く効き目がない。

 倒したのは、あの怪物のような魔導士の力によるものだ。

 あんな戦いは、自分にはできない。いや、ヒュウガにもできないだろう。


 そんなことをクリストフは考える。


 ヒュウガは瞳を閉じて眉根を寄せる彼へと声をかけた。


「この件は、一にも二にもスピードだ。

 急ぎレオンハルトたちを追って、ヤツらから情報を引き出さにゃならん。

 大人数で右往左往するのに巻き込まれるのは、正直勘弁してほしい。

 元々俺はスタンドプレイ派なんでな。

 だから、今回はやり易いようにやらせてもらう。」


「解りました……。」


 さも無念そうに答えるクリストフの後ろから、エルマーが小走りでやってきた。


「隊長。学術院の内偵から連絡です。

 フォーゲル氏は現在遺跡の探索に向かったとの事。

 ただし、行き先は不明。」


「参ったな。手掛かりもなし、か……。」


 エルマーの報告に、ヒュウガはつぶやき、考えこんだ。


「では手掛かりをお教えしましょう。」


 声の方向へと三人が一斉に振り向くと、そこには緊張した面持ちのテオがいた。

 だが、先の声は間違いなくテオのものではない。


 三人に警戒が走る。


 そんな臨戦態勢の三人の前に、テオの陰から黒づくめの人間が姿を現した。


「お前ぇかい……。」


「ご無沙汰しております。狼の君。」


 警戒を緩めるヒュウガにシュヴァルベがにこやかに語りかけた。


「テオ! どういうことだ!!」


 クリストフの一喝に驚いた馬が二、三頭いななく。

 そんな彼にシュヴァルベは落ち着いた声音で口を開いた。


「まあ、ご興奮なさらず。

 こちらの方には道案内をお願いしただけです。」


 シュヴァルベはそう言うと、蒼い宝石を真上に爪で弾き、再び握りしめた。


「『回路(サーキット)』……。」


 エルマーが険しい表情でつぶやく。


「申し訳ありません、隊長。気が付けば自分はここに……。」


「催眠術か何かの『回路』だな?

 そんなモン持ってるお前ぇさんは、本当に一体何者だ?」


「さぁ? 錬金術師ではご不満ですか?」


 ヒュウガの問いかけに、喉の奥のクスクス笑いで答えるシュヴァルベ。


「それよりも手掛かりと言ったな?

 我々でも得られなかった情報をなぜお前が知っている?

 そもそもそれは信憑性のあるものなのか?」


 エルマーが口早に問い質した。

 彼も元々は諜報部に身を置いていた人間だ。情報という事柄に関しては人一倍敏感なところがある。

 結構な剣幕のエルマーに向け、笑顔を崩すことなく、シュヴァルベは答えた。


「なにも正確な情報という訳ではありませんよ。

 手掛かり……ただそれだけに過ぎません。

 裏付けなどが必要なら、その後存分に検分して頂いて結構。」


「勿体ぶるな! 言いたいことがあるなら早く言え!」


 余裕のある表情が癇に障るのか、クリストフは先から苛立ちを隠そうともしていない。


 彼女の後ろではテオが決して逃がさぬよう、仁王立ちの構えで睨みつけている。


「情報を頂けるんなら助かるぜ。」


 ヒュウガは冷静な口調でシュヴァルベに言う。

 三人は意外といった表情を見せ、ヒュウガの顔を見た。


「ただし、だ。なんか条件があるんだろ?

 その内容を聞いてからにさせてもらおう。

 そうでなけりゃ、こんな虎の口ン中に飛び込んでくるワケもねぇだろうに。」


「流石ですね……。

 そちらの若い方々とは余裕が違う。」


 帽子のつばを摘み、スッと顔を隠す。

 だがその口元は間違いなく微笑みを湛えていた。


「では、まずこちらの要求から。

 私の目的は、エレナ・リーマンの殺害です。」


「何だと!?」


 クリストフが驚愕の声を上げた。

 エルマーもテオも、驚きの色を隠さない。


 そんな中、ヒュウガは冷静にシュヴァルベと言葉を交わしていく。


「ワケは聞かねぇぜ。

 聞いたところで『こういう事でございます』なんていうタマじゃねぇのは先刻ご承知だ。

 だが、もし俺があの女を殺すのを渋ったとしたらどうするんだ?」


「これをお渡しします。」


 シュヴァルベはベストのポケットから、何かまた別の『回路』を取り出した。


「こいつは?」


「一種の物見用の『回路』です。

 これを持って彼女の元まで到着して下されば、(わたくし)の『転移』で跳ぶことが可能となります。

 貴方は私を運ぶ、言わば馬の役割をしていただけば結構。」


「貴様っ……!」


 気色ばむクリストフを押しとどめ、ヒュウガが言葉を続ける。


「その言い方だと、俺は殺しに関わらなくていい感じだぜ?」


「その通りです。

 殺害の手助け、それで十分です。」


「なるほど、見えてきたぞ。

 お前はそのエレナ嬢を狙ってる。

 だが、肝心の相手が見つからない。

 それを隊長に頼んで見つけてもらおうって腹か。」


 まくしたてるエルマーをしり目に、シュヴァルベはヒュウガに瞳を向ける。


「如何でしょう? 狼の君。

 乗っていただけるか、否か?」


「いいだろう。馬役、引き受けるぜ。

 ただし、だ。殺しはアンタがやんな。

 あと、状況によっては邪魔するかもしれん。

 それでいいなら交渉成立だ。」


「ふむ……。」


 シュヴァルベは少々黙り、考えている。

 そんな様子を見たヒュウガは、エルマーに指示を飛ばした。


「エルマー、関所の記録を精査しろ。

 この数日中に帝都中央から出た人間のリストを調べ上げて、レオンハルト・フォーゲルの名を探せ。三十分だ。」


「了解しました。三十分で結果を出します。」


「さてどうする? 三十分でお前ぇさんの情報が腐るかどうかわかるんだがな?」


 ニヤリと笑いながら語るヒュウガと、敬礼してその場を走り去ろうとするエルマーを見たシュヴァルベは、苦笑いを浮かべて口を開いた。


「全く交渉上手でいらっしゃる。

 良いでしょう、その条件で。

 レオンハルト氏の行先ですが、クロウフ、クラレス、ヴェルミナ、そしてバルメスの四箇所。現在は恐らく最も近いクロウフにいるでしょう。」


「クロウフとなると、馬を飛ばしても一日はかかる……。」


 テオが呆然と口走る。


「なら、別の場所へ先回りするだけだ。

 情報提供感謝する。」


 ヒュウガはそれだけ言うと、シュヴァルベの差し出した『回路』を受け取って、旅装をひっ掴んだ。


 そのまま、この厩舎の中でも一番速い馬を選び、跨る。


「テオ、ソチラを丁重にお送りしろ。」


 馬上からテオに指示を出し、馬の手綱をはたく。

 敬礼で見送る三人と、帽子を振る一人を残して、馬は猛然と駆け出していった。


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