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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第十章-暗躍
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『赤鬼(ロット・オウガ)』

「傷はどうだ?」


 ヒュウガが剣を取り回すクリストフへとぶっきらぼうに尋ねた。


 周りでは他の『影の兵士隊(シャッテンクリーガー)』の隊員が各々稽古をしている。

 秘密訓練場。かつてミナトもいた場所だ。


「おかげさまでもう大丈夫です。

 肩当てのおかげで火傷程度ですみましたよ。」


 苦笑しながらクリストフは答えた。


「なら問題はないな。調整はしておけよ?」


 ヒュウガも口元に笑みを浮かべ、クリストフの怪我をしていなかった側の肩を軽く叩いて、その場を去ろうとする。


 そこへエルマーが駆け寄ってきた。顔つきはこの上なく真剣な物だ。


「隊長! 新聞の記事は!?」


「無論目にしているさ。

 オルセン殿が殺されたんだろ?」


 エルマーは小さく頷くと、ヒュウガに敬礼してこう告げた。


「それについての辞令があるそうです。

 急ぎ長官室へ!」


 そのエルマーの言葉に従い、長官室へ向かうヒュウガ。

 ノックし、扉を開くと、執務机の向こうに禿頭の偉丈夫がいた。


 グリムワルド・シュタインバッハ中将。


『影の兵士隊』軍団長の地位にある男爵。

 軍歴は長く、最前線での勲功も数知れず。

 人によっては赤ら顔の彼を『赤鬼(ロット・オウガ)』とも呼ぶ。


 そんな彼の前に、ヒュウガは一人、直立の姿勢で指示を待っていた。


「待たせたな。」


 執務用の鼻眼鏡を外しながら、中将はヒュウガに顔を向けた。


「リンク軍曹から話は聞いていると思うが、オルセン公についての案件だ。」


「はっ。」


 短く答えるヒュウガに、中将はさらに言葉を続ける。


「殺害それ自体は問題ではない。問題は、どうやって殺されたか、だ。

 どうも今回は、魔法……もしくはそれに類する何かで殺害された疑いがある。」


 その言葉に眉根を寄せるヒュウガ。


 直後、心中に湧いた疑問がそのまま口をついて出た。


「つまり、フォーゲル氏を疑え、と?」


 中将は手を組み、机の上に肘をついた。


「それは飛躍しすぎだ。私とて彼の人となりは知っている。

 あそこまで何もかもに誠実でいようとする人間はなかなかいない。」


 ヒュウガの表情が和らぐ。

 その様子を見た中将は、本題を切り出した。


「私が疑っているのは、教授だ。

 教授は本当に死んだのか、その裏付けが欲しい。」


「死体は確認されています。

 フォーゲル氏、並びに検死官の言だけでは足りぬと?」


 訝しげに問うヒュウガの顔を真っ正面から見つめ、中将は言う。


「足りんな。

 私の勘だが、教授は生きている。」


「勘……ですか?」


「教授の行動を妨害させた一件において、私は彼を徹底的に調べさせた。

 その中で浮かび上がったのは、彼が思った以上に狡猾だということだ。

 ただの臆病な小心者ならばこのまま放っておいただろう。

 だが、あの男はそうではない。

 何か悪魔的な企てを秘めていると感じたのだ。」


「悪魔的な企て……というと?」


 困惑した色を浮かべてヒュウガが復唱する。

 中将は机の上で手を組んで、言葉を続けた。


「先の作戦での陛下の命は、三公爵とのかかわりを明白にした上で、処断せよという物だった。

 だが、何かが引っかかっていたのだ。

 教授はそこまで愚昧な人間ではない。自身の学術師の誇りを捨ててまで三公爵に取り入り、ただ唯々諾々と彼らの得になるだけの研究をするだろうか?

 情報を知れば知るほど、そう思えてきた。

 故に教授の処遇は曖昧にした。すぐに殺しては逆に災いになりかねんと判断したのでな。」


「そう言った災いを懸念するなら、なおのこと早期に処断するべきだったのではないでしょうか?

 そう命じられれば、我々の分隊を動かすこともなく、自分一人で片を付けられました。」


 ヒュウガの表情に浮かぶ困惑はますます強くなっていた。


 中将はそんなヒュウガに鋭い視線を向けて答える。


「いいか? 教授の企てを、誰か別の者が引き継いでいたらどうする?

 むしろ私はそこを懸念する。

 あの手の頭が切れる手合いは、自身の目標を果たすために十重二十重に策を講じるものだ。

 その策が、陛下、ひいてはこの国に害をなすものだったとしたら、それを看過することは決して許されない。」


 中将は遠くを見るような目をしつつ、さらに言葉を続けた。


「故に君たちへの命令は曖昧にし、時間を稼いだのだ。

 結果得られた諜報部からの回答は、教授のバックにあるのは三公爵のみ、他の協力者はいない模様、という物だった。

 ならば、ここで教授が自殺を企てるはずがない。ここで死んでしまえば、自身の目論見が全てご破算だ。

 最低限、生き残る策を弄していなければ無駄死にになる。それを計算せず、あのような暴挙にでるような男ではないと、そう私の勘が告げている。」


 ヒュウガの顔から困惑が消えた。

 中将の回答は、彼の中にあった様々な疑念を解消するに足るものだったようだ。


 目に力を込め、中将はヒュウガに命じる。


「今回は、君にランドルフ・カウフマン教授の完全なる処断を命じる。

 本当に死んでいるという確証を得ることが任務の完遂と考えろ。

 いいな。」


 ヒュウガは迷いを振り捨てた表情を見せ、美しい姿勢で敬礼を行う。


 きびすを返し、ドアから出て行く彼を見送った後、中将は再び鼻眼鏡をかけ、書類に目を通し始めた。


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