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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第十章-暗躍
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公爵殺害

「あら、早いのね。

 それともかなり遅いご到着なのかしら?」


 朝、エレナとミナトの二人が食堂に降りてきたとき、その一角、奥のテーブルにレオンハルトが座っていた。

 彼は新聞の一面を食い入るように読みふけっている。


「ねぇ、レオン。どうしたの? 怖い顔して。」


 ミナトの声が届いたのか、レオンハルトはスッと顔を上げると、そのまま新聞を二人へと差し出した。


「こいつを見てくれ。」


 エレナは不思議そうな顔で、レオンハルトの読んでいた一面に目を向ける。

 その直後、彼女の目が見開かれた。


「嘘……でしょ?」


 そんな反応につられて、ミナトも新聞を覗き込む。


 そこに踊る題字は……。


「『オルセン公殺害さる』って! これどういうこと!?」


 今回もミナトは大声を上げたが、この宿屋では誰一人振り向きもしない。


 よく耳をすませば、それぞれのテーブルで、この話題が上っているのに気付くはずだ。

 これだけセンセーショナルな話題であれば、今日一番に話を耳に入れた人間、誰もが皆こんな反応をするだろう。


 他の客と同様、真剣な眼差しで顔を見合わせる二人。


「問題は、これによって状況がどう転ぶか、だな。」


 レオンハルトはそう言って、少し冷め気味のコーヒーを飲む。


「チャンスじゃない?

 オルセン公が殺されたなら、警備の兵なんてやる気なくなるでしょう?」


 エレナは微笑んでレオンハルトの言葉に答える。

 だがミナトは、そんなエレナに向けて、顎に手を添えつつ口を開いた。


「本当にそうかな。

 遺跡を守っているのがオルセンの私兵とは限らない。

 確かにそうだったとしたら士気の低下は避けられないけど、それを見込んで行動するのは危険だと思う。」


 ミナトの言葉に少し驚いた様子を見せるエレナ。

 そんな視線を受けて、ミナトは頬を膨らませた。


「こう見えても軍略はちゃんと勉強してるって!

 傭兵なんだから、この辺しっかりしておかないと軽んじられるの!」


 その言葉にレオンハルトは苦笑しつつ、口を開いた。


「ミーナの言う通りだな。

 護衛の私兵はオルセンのものたちとは限らん。

 アルバーンかザウアーラントか……そのどちらか、もしくは双方の私兵だとしたら、士気は逆に上がるかもしれない。

 遺跡を警護することで臨時に報酬を増額する可能性もあるからな。」


「どういうこと?」


 レオンハルトの言葉にエレナが反応する。

 ミナトもまた、レオンハルトの顔へ視線を送って、その言葉を待つ。


「簡単な事だ。残る二人の公爵が、遺跡に籠城する可能性がある。

 基本的に遺跡へは露出している出入り口を介してしか中には入れない。

 一度入ってしまえば、下手な山城など子供騙しと言えるほどの防衛能力を持っている。

 十分な食料と水が確保できれば、遺跡以上に安全な避難先はないだろう。」


「確かに防衛拠点として利用されている遺跡も多いね。

 あれって調査が済んだ遺跡なの?」


 ミナトの問いにレオンハルトが答える。


「基本的にはな。

 あの手の目的で使用されている遺跡はほとんど外郭のみを利用している。

 中身はもう使い物にならない残骸ばかりだと判断されている……。」


「……いる、が、まだ調査に必要なサンプルも多い、でしょ?」


 エレナが茶化すような声でレオンハルトの言葉に続ける。


「話を戻そう。

 今朝の新聞に記事が載ったということは、残る公爵たちは既に情報を入手していると判断していい。

 なお、四つある遺跡のうち、アルバーン領、ザウアーラント領にはそれぞれ目的の遺跡が一つずつ存在する。

 ここへ今から先回りするには距離がありすぎるため、まずは予定通りクロウフを目指すしかない。」


 ミナトとエレナは着座しながらレオンハルトの言葉を聞く。


「そう言えば他の場所について聞いてなかったけど、どの辺りなの?」


 椅子を引きながらミナトがレオンハルトに尋ねた。

 レオンハルトは給仕を呼んだ後、ミナトの質問に答える。


「クラレス、ヴェルミナ、バルメス、そして今向かっているクロウフ。

 この四箇所だ。

 距離的に言えば、クロウフの次はバルメスだが、これは優先順位が低い。

 先にクラレスとヴェルミナの調査を優先させる。」


「中にある遺物についても情報を開示しておくわね。

 クロウフには、エネルギー抽出用『回路(サーキット)』の量産機器。

 クラレスには、以前のものと同型の熱線砲本体。

 ヴェルミナには、その制御装置。

 この三つが揃った場合、熱線砲が生き返るわ。」


 ミナトの顔つきが、険しいものへと変わった。

 ミナトにとって、熱線砲の威力は文字通り骨身に染みているものだ。

 これを放置することがいかに危険か、改めて認識したのだろう。


「だからこそ、クロウフへ優先的に向かうには理由がある。

 エネルギー生成の手段を押さえれば、実際の稼働を大きく妨害できるからな。

 時間的な猶予も十分にできる。」


 やや遅れて、給仕がやってきた。

 それぞれがソーセージ数本とスープ、黒パンにコーヒーを頼み、改めて顔を突き合わせる。


「でも、公爵連中が遺跡に籠城しちゃったらまずいんじゃない?

 領土内の遺跡に対して所有権主張してきたら?」


 ミナトの的を射た質問に内心舌を巻きながら、レオンハルトはさらに答える。


「その点は問題ない。

 遺跡の所有権については皇帝陛下に帰属するという司法の裁定がある。

 遺跡と遺物については色々と大きいしがらみがあってな。

 私することは例え大公でも許されん。まして公爵ではなおの事だ。

 対するこちらは帝国直属の学術師。肩書だけで言えば、こちらに理がある。」


「なるほど……道理にはかなっているんだ。」


 納得した様子のミナトの前に、スープとソーセージが置かれた。

 テーブルの真ん中には黒パンの籠が置かれ、朝食の準備が整ったようだ。


「温かいうちにいただこう。

 今日こそクロウフに到着しなければな。」


 そう言うと、レオンハルトはソーセージを切り分けて口へ運んだ。

 エレナも上品にスープをすくって飲んでいる。


 空腹を覚えたミナトは、パンの籠に手を伸ばし、三切れほど皿へと置いた。


 周りのざわめきからは相も変わらず『オルセン公』の名が飛び出してくる。

 この殺害が何者の手によるものか、それは誰にも想像できずにいたが。


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