英雄
「時計塔の件はどうする?」
エレナの言葉を聞き、考えを中断させたミナトが答える。
「お願い。これはヒュウガも絡むんでしょ?」
「ええ。事件そのものは単純明快よ。
テロによって帝都中央の時計塔が爆破されそうになったの。
それをレオンとヒュウガの二人で、テロ集団を叩きのめした。
ただ、最後の最後、無事だったテロリストの一人がレオンを狙って銃撃。
それをヒュウガが庇って時計塔から転落したの。
その後、彼は生死不明で、レオンはかなり長くこの件を引きずっていたわ。」
「さっき捕まったって言ってたけど?」
「要は二人とも捜査権もないし、本来戦闘行為も許されていないでしょう?
それがあって一時収監されたの。
まあ結果として、何があったかを知った参謀本部が、特例措置で司法に免罪を要請したのよ。
それがあって、今では一部の人間から『時計塔の英雄』と呼ばれているわけ。」
「そうか……ヒュウガもそういうことがあったんだ……。」
「あなた、彼と行動してたわよね。
このことについて教えてもらえるかしら。」
真剣な眼差しのエレナに、ミナトもまた真剣な目で答えた。
「ごめん、守秘義務がある。
ただ、ヒュウガはレオンの事を今でも親友だって思ってるよ。
これだけは言える。」
「そう……。」
目を閉じてうつむくエレナ。
ミナトは後ろに手をついて天井を仰ぐ。
「テロ……か。」
怒りとも哀しみとも取れるような無表情さで、ミナトはつぶやいた。
エレナはその声に続けて話をする。
「この間もあったでしょう?
私とあなたが初めて会ったあの件。」
「うん……帝都ではテロって多いの?」
「多いわね。反体制のテロがかなり幅を利かせているわ。
さっきの話に絡んでくるけど、ひょっとしたら三公爵がバックにいるかもしれないわよ?」
「まさか!?」
身を乗り出しかけるミナトを制しつつ、エレナは言葉を続けた。
「飽くまで可能性よ。
本当にそうだとしたら、逆に彼らの方が危ないわ。
粛清の良い口実ができたら、今にも陛下はやりかねない状況でしょう?」
「それもそうか……。」
大人しくベッドに再度腰掛けるミナトにエレナは言った。
「お互い決め手に欠けている状況なのよ。
綱渡りのど真ん中。
もし何か均衡が崩れれば、大きく状況が変わるわ。
どちらにしてもマウルとの戦争は待ったなしだけどね。」
「ふぅ……。」
ため息をついて、ベッドに倒れこむミナト。
「そうなる前に入隊しておきたいなぁ……。
傭兵のままじゃ不安定だし……。」
膝の上に頬杖をついて、エレナはミナトを見る。
「ふぅん……結構リアリストね。
愛しの彼に尽くすつもりはないのかしら?」
エレナはニヤニヤ笑いでミナトに尋ねる。
ミナトはガバリと起き上がって、エレナを睨んだ。
その顔は真っ赤だ。
「そりゃやる気はあるよ!
でも……でもさ、それとこれとは話が別だよ。
軍人になっても彼に尽くすのはできるじゃないか!」
そんな様子を見たエレナは微笑んでミナトに詫びた。
「ごめんなさい。つい意地悪言っちゃって。
でもね、彼に尽くすのはいいけど、同情だけで近づくのはおよしなさいな。」
冷たい視線、冷徹な表情。エレナの最後の言葉はそんな一言だった。
そんな彼女に、やや敵意を持った視線をミナトは送る。
「どういうこと?」
「同情ってね、時に人を傷つけるのよ。
憐れみを感じたからと言って、何の手立てもなくただ応援するだけなんて、相手を馬鹿にしてるわ。
それなら間違いがあったとしても、何かしてあげる方がましでしょう?
応援するだけで苦しんでいる人間を救えると思ったら大間違いよ。」
「わかってるよ、そんなこと!!」
辛辣なエレナの言いざまに、つい言葉を荒げるミナト。
「あたしにはできることとできないことがある。
そんなことはわかってる。
だからできることをしたい。
できる範囲でしかできないけど、彼を助けたい。
それだけはわかってるんだ!」
うっすらと涙を浮かべて、ミナトは強い言葉で言い放つ。
エレナはその彼女の様子を見て、そっと微笑み、こう言った。
「ならいいわ。
何かしようとするなら、まだ安心できる。」