十年前の真実
宿屋ではミナトがエレナに続けて質問を投げかけていた。
「他に聞きたい事は、十年前の件と時計塔の一件かな。」
「じゃあ、順番に答えるわ。
まず十年前の事件。あらましは知ってるわよね?」
エレナの声に、ミナトは間髪入れず答える。
「うん。大きな地震のあと、村の近くに遺跡が出たって大騒ぎになったから。
大きな調査団が馬車に乗ってやってきて、あたしも炊き出しとか手伝ったし。」
「そう。非常に危険な熱線砲が発見されたのよ。
調査団を率いていたのは、当時遺跡工学部の副学部長だった、ランドルフ・カウフマン教授。
これに、やはり当時の学部長が目をかけていた、優秀な人材を集めての精鋭部隊で事に臨んだの。
ところがその精鋭たちが失策を起こした。
発掘からおよそ十か月目、熱線砲の動力伝達の実験中に機械が暴走し、強力な熱線が射出されてしまった……。」
悲痛な表情で目を閉じるエレナに、ミナトが哀しそうな顔で言葉を続ける。
「その結果村が焼かれ、ちょうど展開していた、マウル軍、帝国軍のほぼ全てが一気に焼き尽くされてしまった……。」
「そうね。まさに発掘作業の直後に起こったマウル軍の出征に重なっての調査。
ここで一つ重要な事実があるわ。」
「重要な?」
「あの遺跡の予備調査も、教授が行っていたのよ。
つまり、あれがどんなものか、稼働するのかぐらいは前もって知ることができていたはずなの。言うなれば教授とそれに連なる連中たちは、ね。」
「じゃあ、三公爵もきっと!?」
「知っていたはずよ。
そしてリューガー公を亡き者にするため、マウルに手を回して出征をそそのかし、教授に手を回してあの事故を起こした。
三公爵からすれば、マウルが手ひどいダメージを受ければ重畳、今後の取引に対して有利に出られる。生き残れば内応、自分たちの野望が達成できる、と、どちらに転んでも良し、だったわけ。」
ミナトは眉を顰めてエレナに尋ねた。
「でも、どうしてそこまでして三公爵はリューガー公を殺そうとしたの?
もっと簡単な方法はいくらでもあったんじゃない?」
エレナは真剣な顔をして、ミナトの顔を正面から見据えて答える。
「三公爵はずいぶん昔から帝国を解体させて、独立を望んでいるわ。
そのために一度屋台骨を揺さぶる必要がある。
それをリューガー公は良しとしなかった。
残る三公爵に対して猛烈に反発したの。
まあ、それは正義感とかじゃなく、自身の少ない領土が安堵される保証がなかったからだったようね。
だから三公爵は考えた。邪魔者は排除する必要がある。
しかし、リューガー公は慎重で武芸に長けた男だった。
刺客はまず当てにならない。弱点らしい弱点も曝け出さない。
そんな男を一撃で殺す必要がある。
相手の考えの及ばぬ突拍子のない方法。それでいて確実に殺す方法。
そんな条件を満たしたのが、件の熱線砲だったんじゃないかしら。」
「それで村が生贄になった……。」
ミナトの声音に怒りの色が混じる。
そんな声にエレナはうつむいて静かに語った。
「マウルとの小競り合いも、独立を目的とした裏取引の結果続けられているという噂があるほどよ。
そう言った下らない野心にひっかきまわされたという事件なのよ、あれは。」
ミナトの息が荒い。怒りで言葉も出ないのだろう。
そんな彼女を宥めるかのような声音で、エレナは再び口を開く。
「あと、これは推測だけど、教授にとっては、率いていた調査団を全滅させるのを目的としていたかもしれない。
そうすれば、自分の上司である学部長を蹴落として、自身が後釜を頂戴することもあり得たわけだから。
ただ、最大の誤算はレオンが生き残ったことね。
彼は前学部長の秘蔵っ子だったのよ。
魔導学部や工学部からも目をかけられていた、最高のホープだった。
でも、あの事故で生き残ってしまったために、より強く遺跡工学部を立て直そうと決意してしまったんだから皮肉よね……。」
わずかな沈黙のあと、ミナトはそっとエレナに切り出した。
「あたしが聞いた話では、生き残りはレオンとあの教授だけだってことだったけど、それってどうなの?」
「その通りよ。その二人を除いて、残る人間は正に文字通り蒸発してしまった。
熱線砲の脅威そのものはあなたも知っての通り。
だから、私たちは急いているの。特にレオンはね。」
瞳を閉じて、気持ちを落ち着かせているのだろう。ミナトは何も言わず、ただ時間が過ぎていく。
エレナは日が傾き始めた外に目をやり、哀しげに言った。
「やっぱり十年前の事件は多くの人が犠牲になったのよ。
レオンもその一人であることに間違いないわ。」