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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第九章-過去
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過去

「えっ!? まさか、ホントに!?」


 宿屋、二人部屋の一室で、ミナトはまたも素っ頓狂な声を上げた。


 だが、今度は他にギャラリーもいない。大声を出しても問題ない状況だ。


 二つのベッドの横、それぞれに腰かけてミナトとエレナは向かいあっている。

 ミナトの声に少し怯んだ様子があったが、エレナはゆっくり口を開いた。


「そう。レオンの父親は第二大公家の嫡男だった、ギルベルト・カーライルっていう人なのよ。

 なんでも二十数年前に行方不明になって、それ以来生死は不明のまま。

 不思議な話よね。相当大掛かりな捜索がされたはずなのに。」


「確かお母さんだけで育てられたって聞いたけど……。」


「そうみたい。

 だから、レオンにとって、父親は恨みの対象とも言えるわ。

 自分はともかく、母親を苦労させたというのが許せないって言ってたし。

 その関係から、貴族の皆さんや権力に対する反感も強いようね。

 ずっと幼かったころはクーデターを企んでいたとも冗談めかして言ってたわ。」


 ミナトは顔を伏せる。


 何となく解ってきた。レオンハルトが誰とも深く繋がろうとしない理由が。

 自身の生まれは、大公家の御落胤とも隠し子とも言える複雑な立場。

 そんな複雑な立場で人を愛せば、きっとその人に迷惑がかかるだろう。


 ヒュウガの話から、レオンハルトはそんな考えを持つ人間だと推測できる。


 でも、なぜここまで頑ななんだろう?

 新たな疑問がミナトの内に浮かんできた。


「んー…ミーナ……でいいかしら?」


「え? 大丈夫ですよ、エレナさん。」


「じゃあ、私も呼び捨てで良いわ。

 とにかく、ミーナ。彼について聞きたいことがあるなら今のうちよ。

 場合によっては、今夜一晩付き合ってあげるから。」


 エレナは微笑んでミナトに語りかける。

 かき上げるブロンドの髪の下から、蒼いイヤリングが煌めいた。

 そんなエレナの顔を見て安心したのか、ミナトはゆっくり言葉を選ぶ。


「うん。え……と、飯炊きのお婆さんが言ってたんだけど、相当の猛勉強で学術師になったって話だよね?」


 ミナトの問いに、エレナは真剣な顔を作り、答える。


「そうね。学術師になるにはかなりの勉強と、ちょっとした運が必要になる。

 他の人があまり研究せず、それでいて成功すれば大きな結果が得られる研究を選べられるかどうか。そこにかかってくるわね。

 彼の場合は、大掛かりで面倒な研究を率先してやってみたのよ。

 そのおかげで、現在魔導学部はかなりの恩恵を受けているわ。」


「何をやったの?」


「『回路(サーキット)』の複製を行う機械。その復元を行ったのよ。

 この機械があるかどうかで、『回路』の研究速度は十倍は変わるわね。

 おかげで魔導学部は遺跡工学部に頭が上がらないって形になった。

 レオンが頑張ってくれたおかげで、遺跡工学部の学術院での立場が上がったとも言えるわ。」


 エレナは少し誇らしげにミナトに語る。

 そんな言葉を聞いたミナトは、つぶやくように口を開いた。


「そしてあの事故……。」


「そうじゃないのよ。

 もしその順番なら、彼は十四歳で学術師になってる計算でしょう?」


「あ、そうか……。」


「あの事故は彼がまだ学院生だった時代の話なの。

 学術師になるもっと前の段階ね。」


 エレナはさらに説明を続ける。


「学術院のヒエラルキーって言うのはこんな感じよ。

 まず入学試験を通過して、入門生として勉強を始めるの。

 ここで二年はかかるわね。

 続いて学院生と言う段階に進む。

 これは入門生より専門的な知識を学ぶ段階。

 学者の卵、なんて言われることも多いわ。

 学院生として十分に経験と知識を積んだと認定されれば、今度は学芸員となって学術院での研究者として働くことが許されるのよ。」


「じゃあ、学術師って言うのは……。」


「学芸員のさらにその上の段階よ。つまり学芸員がさっき言ったような大きな研究成果を提示した上で、知識、また必要なら技術も考慮され、各学部の責任者で構成される審議会にかけられる。

 その結果、三分の二の賛成を得られれば、晴れて学術師になれるってわけ。」


「狭き門なんだ……確かに努力を重ねなきゃダメだね……。」


 エレナは再び微笑んで話し始める。


「まあね。でも彼の場合、話が全然別なのよ。

 もし彼が順当に魔導学の道に進んでいたら、それこそ十四歳で学術師になっていたかもしれないわ。」


「そんな! 普通はその段階を踏んで、学術師になるんでしょ!?

 それぞれの段階で時間がかかるなら、一足飛びってわけにはいかないんじゃ?」


 驚きの声を上げるミナトに、エレナが静かに答える。


「普通ならそうなるけど、彼の場合、魔法のセンスが異常に高いの。

 あり得ないほどの魔力。魔法に対する知識量と理解度。そして魔法発動までの時間は極端に短い。

 幼いころから魔法を学んでいたとはいえ、独学でここまでできる人間なんて一万人の人間がいても、いるかいないか。

 まさに天才。そんな人間なら特例措置だって作られかねないわよ。

 正直に言えば、なぜ魔導学に進まず、遺跡工学なんかにくすぶっているか本気で解らないぐらいね。

 もしこれで後進に対しての指導力が高ければ、間違いなく魔導学部から猛烈な引き抜きがかかるわ。」


 言葉に勢いのついたエレナを見て、ミナトは恐る恐る尋ねた。


「実際はどうなの?」


「遺跡工学について言うなら、指導者としての能力も高いわ。

 でも、魔導学に対してその辺りの資質は見せてないから、今はバレてないってだけかもね。

 ただ今回の件で、遺跡工学部の存続自体が危ぶまれる面がある。

 レオンはそこを恐れて、焦っているのかもしれない……。」


 エレナはそっと目を逸らし、最後にはつぶやくような声で語った。


 焦り……。


 今までの彼の様子から、その言葉がスッと、ミナトには腑に落ちた感があった。


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