伯爵
レオンハルトは相変わらず、どことなく不機嫌そうな無表情を貫いている。
場所はカッツバルでもトップレベルのクラブ。
その中でも最高級レベルの個室ともなれば、普通なら緊張も最高潮のはずだ。
そんな場所にレオンハルトは連れ込まれた。
伯爵の『どうしても話がしたい』というたっての願いで、レオンハルトだけが同行することになったのだ。
「じゃあ、私たちはどこかで宿を取るわ。
こんな調子では今日中にここは出られそうにないし。
場所はコムに聞いて頂戴。」
それだけ言うと、エレナはミナトを連れて雑踏の中へ消えていった。
恐らくコムも、遮蔽フィールドに隠れてついていったのだろう。
「ここは馴染みの店でね。昔から友人とよく使っていた。
それにしても、失礼した。
あまりにも君の顔が知り合いに似すぎていたので、つい、な。」
穏やかで深みのある声がレオンハルトに向けられた。
そんなフリードリッヒ伯爵の言葉に、あまり感情を込めることなく、レオンハルトは答える。
「はっきり仰ればよろしいのでは?
ギルベルト・カーライルによく似ていると。」
「やはり縁者なのかね?
いや、それより踏み込んで、息子、と言った方がいいのかな?」
どことなく微笑みを湛えているそんな表情ではあるが、その中には何か言い知れぬ恐れに近いものが感じ取ることができる。
「失礼いたします……。」
店で随一と思われる老給仕が酒と軽食を持ってきた。
それぞれの料理をテーブルに並べる。
そして酒を二人の前に注ぎ始めた時、奥にいたレオンハルトの顔を見た。
何があっても動じない、狼狽しない。それが一流のクラブで給仕に携わる者の守るべき鉄則のはずだ。
だが、その給仕は、一瞬、しかし確実に、恐怖の色を顔に浮かべていた。
取り乱した風を隠して一礼すると、その場からカートを押して去っていく給仕。
冷静な瞳でそんな給仕の様子を確認すると、伯爵は言葉を続けた。
「この場において秘密は守られる。
そのための個室だ。」
瞬時に微笑みを浮かべ直し、静かに話す伯爵に、挑むような声音でレオンハルトが答えた。
「取り繕うつもりはありません。自分はギルベルトの息子です。
ただ証拠は何一つないので、証明はできかねますが。」
「やはりそうか……。
しかし全くの瓜二つだ。
まるで時間の止まったままの彼が、今ここにやってきたかのような錯覚を覚えるよ。」
「甦りし亡霊……と言ったところでしょう?
あの給仕の方もギルベルトの顔を知っていたのでは?」
ますます挑戦的な声音をもって、レオンハルトは伯爵に答えを返す。
いつしかレオンハルトは、ソファの上で足を組んでいた。
ゆっくりとブランデーグラスに手を伸ばす。
その伸ばされた左手を見た伯爵が、瞳を閉じて唸るように声を出した。
「しかし恐ろしい偶然だ。
君の左手は義手なのではないかね?」
「だとしたら?」
「君の父上も義手をしていたのだよ。
無論もっと武骨なものではあったが。」
「学院長から聞いています。」
「時にローザ……いや、君の母君は元気かね?」
「母をご存じで?」
「ああ。殿下と共に避暑に行った地で私も知り合ったからね。」
「死にました、母は。」
愛想のないレオンハルトの一言に、伯爵の表情が大きく曇った。
「いつかね?」
「二十年近く前になりますね。」
レオンハルトはブランデーをひと息に飲み干す。
まるでやけ酒をあおるような、そんな雰囲気。
「そうか……すまないことを聞いたな……。」
「別に……済んだ話です。
伯爵のお心を煩わせることではありますまい。」
目を伏せる伯爵を、静かに、そして無表情に眺めるレオンハルト。
無言のまま、時間が過ぎていく。
レオンハルトは何も言わず、ただガラス窓の外を見つめていた。
かつての母の面影を想って。




