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学術師 レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~  作者: 十万里淳平
第八章-出立
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『人形(ひとがた)』

 レオンハルトの研究室では、数人の学芸員が端末を操作し、情報を『回路』に書き込んでいる。

 レオンハルト自身も、その書き込まれた情報に目を通し、必要な個所は印刷するように指示を飛ばしていた。


 皆が忙しく作業しているところに扉がノックされ、客人がやってきた。


 エレナだ。


「どう、調子は?」


「順調だな。このまま情報がまとまれば、今週中に出発の準備はできる。」


 彼女の言葉を受けて、レオンハルトが答える。

 事実、レオンハルトの研究室では、教授が秘匿していたかなりの量の情報を引き出すことに成功していた。


 遺跡の位置、その中に存在していた遺物の概要、保存状態や、発掘にかかる人員、費用の概算など。

 特に遺跡の概要を確認していた学芸員は、顔を青褪めさせてレオンハルトに報告していたぐらいだ。


「先生……本当に教授は、これを発掘しようとしていたんですか?」


 その質問に答えるべきか否かを逡巡するレオンハルトの様子に、学芸員は何かを悟ったらしく、以降は何も聞いてはこなくなった。

 ただ、その直後から、全てのメンバーの顔がより引き締まり、作業の効率がグンと上がった事実は、付け加えておいていいだろう。


「ところで人員はどうするの?

 あなたと私だけじゃ、何かと手間取ることも多くてよ?」


 エレナは静かに、そして真剣な声音でレオンハルトに尋ねた。


「その点は考慮している。

 教授の残した情報を見る限り、大まかな発掘は既に完了して内部調査まで進んでいるようだ。

 それを接収する形となる訳だから、必要な人員は研究者ではない。」


「牡牛のあの()に手伝ってもらう腹?」


「そのつもりだ。」


「酷い人ね。あの娘の好意を利用するなんて。」


 エレナは冷たい笑みを浮かべ、レオンハルトの顔を見る。

 その表情をチラリと見た上で、彼は答えた。


「今、最も手近で信頼できる人間を選んだ結果だ。

 本来ならヒュウガにも手伝ってもらいたかったが、あいつの立ち位置が不明瞭である以上、全幅の信頼を置くなどということはできん。」


 その言葉を聞き、エレナは視線を床に落としてつぶやくように言った。


「でも彼女、大丈夫なのかしら……。」


「彼女の兵士としての腕は確かだ。戦いに際しての覚悟もある。」


「でも傭兵よ?」


 キッパリ言い切るレオンハルトに、食い下がるエレナ。


 それに少々辟易した風の声音で、彼は以前の報告書の件を持ち出した。


「『暁の銀騎士団(モルゲンロート・ズィルヴァーリッター)』は、古き良き騎士道精神に則って契約を履行したと、この間の報告書にはあったぞ?

 この点はミーナにも直接確認したが、彼女は『傭兵の仁義』と形容していた。」


「『仁義』ねぇ……。」


 疑い深い、そしてどこか呆れた表情で、またもエレナはつぶやいた。


 レオンハルトは先日ミナトから聞いた『傭兵仁義五訓』を暗唱する。


「一つ、戦えぬ者は斬らぬこと。

 一つ、盗まぬこと、奪わぬこと。犯さぬこと。

 一つ、背くべからず、違えるべからず。

 一つ、人道に反する依頼は受けぬこと。

 一つ、信と和を持ちて事にあたれ。

 彼女はこの五訓をスラリと言ってきた。

 少なくとも、これらの一文一文を疑いなく理解しており、行動の指針としているならば、信頼に十分足ると思うが?」


 冷静に一通りを語り終えたレオンハルトに、エレナは少々困った顔をしてつぶやく。


「まあ、あなたのことだから余計な色眼鏡はないと信じるけど……。」


「どうにも歯切れが悪いな。」


「能力は十分認めるわ。

 ただ、あなたの想定では多分私とあなた、それに例のお坊ちゃんの三人――でいいのかしら? とにかく、この三人なんでしょう?

 そこにあの娘を加えての四人となると、いざと言う時の安全弁があなたしかいないじゃない。

 確かに先の五訓には『盗まぬこと、奪わぬこと』とか、『背くべからず、違えるべからず』なんて文面があったけど、逆に言えば、その恐れがあるから訓戒としているとも言えなくて?」


 エレナは挑むような視線で、得心できぬ点を並べ立てる。


 確かにそうだろう。傭兵である以上は、少なからず無頼漢として見なされる。

 いざと言う時のために雇ったにも関わらず、その『いざ』と言う時に逃げ出す手合いも少なくはない。


 そんなエレナの心配を察したのか、レオンハルトははっきりとした声で答える。


「彼女の誠意は本物だ。ゆえに俺たちを裏切ることはないだろう。

 こればかりは俺を信じてもらうしかない。」


 レオンハルトはそう言うと、エレナの目を見据えて、言葉を切った。

 彼女はその視線から目を逸らすように瞳を閉じると、ため息交じりに口を開く。


「仕方ないわね……。

 ただ、いざと言う時は全てあなたに委ねるわよ?

 覚悟しておいて。」


「いいだろう。」


 二人の背後からは打鍵の音が聞こえてくる。

 不意に、助手の一人が小さく声を上げた。


「どうした?」


 声を上げた助手の元に、レオンハルトは大股で駆け寄った。

 助手の顔は真っ青になったまま、画面を注視している。


「先生……人形(ひとがた)の研究については、今回の調査に含まれるんですか?」


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